燃焼時に水を噴射するメリットと、技術的基礎理論
▲ロバート・ボッシュ(ドイツ)が開発した水噴射システムの燃焼イメージ
いま、ガソリンエンジン開発の現場では水噴射という技術が注目されている。空気と燃料だけでなく、水を混ぜて燃やす方法だ。通常、ガソリンエンジンの混合気は空気とガソリンを重量比で14.7対1という割合で混ぜる。これは理論空燃比と呼ばれ、この割合で燃やすと空気中に含まれる酸素を使いきる。ここに水を噴射するのだが、燃費向上とノッキング防止という効果が確認されている。
現在、市販車で水噴射を採用しているエンジンは世界にただ1基、BMW・M4GTSに搭載されている直列6気筒3リッターだ。気筒内に燃料を直接噴射する直噴ターボエンジンに水噴射システムを追加して、最高出力は317kWから368kWへと約16%、最大トルクは550Nmから600Nmへと、約9%、それぞれ向上している。水噴射システムはロバート・ボッシュが開発し、専用の水タンクに蒸留水を入れて使う。
▲BMW・M4GTSは2016年に世界限定700台を販売 日本で30台が販売された 水噴射システムを搭載して最高出力はオリジナルのM4クーペ比51kWアップの368kW(500ps)を発揮
水噴射は、専用のインジェクターによって吸気ポート内で行われる。エンジンの熱で温まった吸気ポートに水を噴射すると、水の分子が周囲の熱を瞬時に受け取って蒸気になる。そのため空気の温度が下がる。いわゆる気化潜熱だ。そして空気の温度が下がることでシリンダー内に入る空気量が増え、充塡効率が向上する仕組みだ。
シリンダー内で水を含んだ混合気が圧縮されると、水は完全に蒸気になり、さらに混合気温度を下げる効果を発揮するが、水分子は崩壊せず、ガソリンの燃焼は邪魔しない。そして、燃焼が終われば蒸気として排出される。このとき、燃焼温度が高いと水分子が崩壊し、水を構成する酸素と水素が燃焼反応に加わってしまうが、エンジンの燃焼温度はそこまで達しない。
BMWによると、水噴射の効果は高回転・高負荷時にとくに顕著だという。巡航からの加速でアクセルペダルを踏み込んだ場合は、瞬間的に燃料と同量以上の水が噴射され、空気温度を大幅に下げる。その結果、ノッキングが予防できる。通常、急加速時はノッキングを防ぐために点火時期を遅らせて対応するが、これが燃費を悪化させる。水噴射を使うと点火時期を遅らせる必要がないため、高回転・高負荷での燃費は向上する。
一方、この水噴射を超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)エンジンに使う研究が日本で行われ、成功した。内閣府所管のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)に設置された革新的燃焼技術プロジェクトである。ここでは通常の約半分の燃料を使う超希薄燃焼エンジンに水噴射を併用し、実験用エンジンの段階だが、正味熱効率で51.5%を達成している。瞬間的に最大で燃料の半分の量の水を筒内に直接噴射すると、熱効率が2%程度上昇する現象が確認された。これも気化潜熱効果である。
スーパーリーンバーンと水噴射の組み合わせは、まだ世界のどの研究機関でも実験されていない。もともとリーンバーンは燃焼温度が低いため、水噴射の量は少なくて済む。BMW同様にガソリンターボエンジンだが、圧縮比は通常のガソリンターボの10付近に対し、17と圧倒的に高く、そのぶん燃費に優れる。ここに水を噴射することで、点火タイミングは通常の運転のままでOKで、しかもノッキングも防止する。
将来のガソリンエンジンは、ひょっとしたら水噴射が標準装備になるかもしれない。いま、世界中の自動車メーカーやエンジン研究機関がこの技術に注目している。