大きな可能性を秘めた新興国市場の中で、豊かな人口と広大な国土に恵まれたインドは、大きな発展が期待されている。日本からはスズキやトヨタが積極的に進出していることでも知られる。そのインドで、実は新車販売が停滞している。それも15カ月以上にわたって元気がない。その理由は何か? 牧野茂雄さんがレポートする。
ローンの貸し渋りと新排出ガス規制をめぐるウワサ話
▲スズキ・スイフト スズキはインドで約50%のシェアを持つ
インドの自動車市場が低迷している。昨年の新車乗用車登録は296万2000台、前年比12.7%減、商用車は85万5000台、同14.8%減。合計販売台数では2018年12月から今年2月まで15カ月連続で前年同月比マイナスだ。その大きな理由はふたつ。自動車ローンの貸し渋りと4月から導入される新排ガス規制の「様子見」だ。
2018年夏に現地ノンバンク大手のインフラストラクチャー・リーシング・アンド・ファイナンシャル・サービシーズ(IL&FS)が債務不履行に陥った。それまでインド経済は比較的好調で、インフラ事業などへの融資が活発だった。しかしローン審査が甘く、一部では「危険な貸し出し過剰」といわれていた。そしてIL&FSの破綻を機に金融当局と銀行がノンバンクへの監視を強化し、結果的に貸し渋りの状態に陥った。
▲トヨタ・グランザ 1.2リッターNAと1.2リッターマイルドハイブリッド仕様をラインアップ 全長×全幅×全高3995×1745×1510mm ホイールベースは2520mm
資金繰りが苦しくなったノンバンクは自動車ローンの審査を厳格化。インドのサラリーマンや中規模以上の企業経営者は現金か銀行ローンで新車を購入し、小規模事業者や農家はノンバンクローンを利用する方法が一般的だ。ところがノンバンク監視が厳しくなり、2018年秋以降は自動車ローンの貸し出し件数が激減した。商用車販売の落ち込みは、ローン問題の影響が大きい。
インドでシェアトップのマルチスズキは、ローンで購入する顧客のうち7割が銀行ローン利用者、残り3割がノンバンクローン利用者のため、大きな落ち込みにはなっていないが、ノンバンクローン利用者が多いタタや、マヒンドラ・アンド・マヒンドラなどインド民族系自動車メーカーは影響が大きい。
一方、排出ガス規制は今年4月1日から新しい排出ガス規制のBS6(バーラート・シックス)の導入が決まっていた。これは欧州のユーロ6に準じた規制である。 2010年に導入された現在のBS4規制はユーロ4ベース。本来はBS4の次段階として20年度からBS5を導入し、24年度からデリーなど一部大都市でBS6へと移行する予定だった。
イラスト●安田雅章
このスケジュールが覆され、BS5を省略して一気にBS6へとジャンプすることになった理由は、インドの大気汚染悪化だ。デリー高等裁判所は、住民からの訴えを受けて「デリーの大気汚染は基本的人権を侵害するほど深刻」として改善を命じる判決を下した。また、米国大使館が毎日発表する大気汚染警告が、世界中の環境NGOによって取り上げられたことも政府への圧力になったという
政府は2020年4月1日以降は旧規制対応車は販売禁止にすると発表した。しかし、これが本当に実施されるかどうかを巡って国民の間に憶測が飛び交った。同時に「4月1日以降は現行規制対応車の運転が禁止される」「現在販売されているガソリンをBS6対応車に給油すると故障する」などのウワサが飛び交い、「いまは新車を買わないほうがいい」「4月まで様子見」という状態になった。
政府は「BS4対応車でも登録期間中は乗れる」「BS6対応車は正規に販売されているガソリンを給油すれば、故障しない」と情報発信しているが、国民はクルマを買おうとしない。
1年以上にわたる市場低迷のあおりを受けてインド全土で約800社の自動車販売店が倒産したとも伝えられている。インドの自動車市場が正常な状態に戻るのはいつになるだろうか。