米バイデン政権が4月に打ち出した厳しい排気ガス規制が話題になっている。2026年から新車の燃費を40mpg(マイル/ガロン)以上(17km/リッター)にする、という内容だ。
トランプ政権時代の目標は2026年までに32mpg(13.6km/リッター)だったから、25%の引き上げとなる。
また昨年8月にEPA(米環境保護局)が提案した38mpgよりもさらに厳しい数値に引き上げたことも特徴的だ。
EPAは今回の新たな規制により、2050年には年間30億トンの温室効果ガスの削減につながる、としている。ただし米国は欧州とは異なり、国としてガソリン車の新規販売を禁止する法案は持っていない。
ワシントン州が2035年、カリフォルニア州が2040年に州内でのガソリン車の新規販売を禁止する法案を持ち、追随する州は増えている。だが、国全体での法案化には至っていない。
来年から順次適用される新たな燃費規制だが、現在のガソリンエンジン搭載車で燃費が優れた主なモデルを挙げると次にようになる。
・BMW330e(EPA燃費シティ:75.0mpg)=プラグインハイブリッドを搭載。馴染みのある単位に換算すると31.9km/リッターである。
・トヨタ・プリウス(同67.0mpg)=いわずと知れたハイブリッドのベストセラーカー。
・トヨタ・カローラ・ハイブリッド(同63.8mpg)=ステーションワゴン、ハッチバックともにこの数字を達成。
・ヒョンデ・アイオニック(同60.0mpg)=ハイブリッドシステムを搭載。米国マーケットではHV、PHEV、BEVをラインアップする。
これを見ると「新しい燃費規制は日本車が有利」と思える。しかしバイデン政権の本当の狙いは一気にゼロエミッション、つまりEVなどの排気ガスを出さない車を普及させることだ。
運輸長官ピート・ブティジェッジ氏は2026年に米国内で販売される車の17%をEVにする、という目標を掲げている。2023年に予想されるEVとプラグインハイブリッドの新車販売に占めるシェアは7%となる見込みのため、大きな躍進といえる。
ただし歴史的に見れば、今回の燃費規制は米国史上最も厳しい、とはいえない。オバマ政権時代の2012年には「2025年までに乗用車、ライトトラックを含めた平均燃費を54.5mpg(23.2km/リッター)にする」という遠大な計画が発表されていた。
これが実現すれば「年間に米国で消費される石油は120億バーレル削減でき、人々がガソリンに支払う価格は1兆7000億ドル節約できる」とされていた。
しかしこの厳しい提案は自動車メーカーからの反発に遭い、「低燃費のクルマを作り出すための研究開発費がかさむため新車価格は5000〜1万ドル程度跳ね上がる」などの意見が出た。
そしてトランプ政権が誕生後は、目標が大きく後退した。また今回のバイデン政権の提案との違いは、オバマ政権時代は「メーカーごとの平均燃費」だったのに対し、バイデン政権は「すべての新車」としている点だ。
なぜいま、こうした厳しい基準を打ち出したのか。理由のひとつは、昨年末ごろから続くガソリン価格の高騰にある。コロナの影響で物流が途絶えがちな事情もあり、1月時点ですでにガソリン価格は史上最高額に近づいていた。
それにロシアによるウクライナ侵攻も影響し、カリフォルニア州などではすでにガソリン価格が1ガロンあたり6ドルを超えている。
燃費規制には「こうした不安定な原油に頼る経済を早急に改善しなければならない」という強い意志が感じられる。
米国の電力源は2021年の時点で天然ガスが38%、石炭が21%、原発が19%、再生可能エネルギーが21%となっている。このうち天然ガスと石炭に関してはほぼ自国でまかなえるし、重油を使った発電はほとんど行われていない。
再生可能エネルギーは州によっては50%を超えるところもあり、今後さらに増えていく見込みだ。
米国は世界一の産油国でもあるのだが、生産量よりも消費量が上回っているため、現状は輸入に頼っている。
まずはガソリン消費を大幅に抑える努力で、原油の輸入を減らし、国内生産量で産業などを賄えるレベルにする、というのが政権の狙いといえる。
さらにバイデン政権は、EVの生産や自動運転の技術開発に必要となる半導体やバッテリーなども国産化するよう要請している。
半導体不足でクルマやパソコンなどの生産が鈍った現状を受け、国際的な紛争に直面しても強い経済を打ち立てることを産業界全体に呼びかけているのだ。
もっとも、3年後の大統領選挙で共和党政権になれば、今回の決定が覆される可能性はある。しかし誰にとっても想定外という今回のウクライナ問題のような事態が起きたとき、「最終的に勝つのは自給自足ができる社会だ」と、どの国も実感しただろう。
バイデン政権の動きは、こうした国際的な政治問題とも連動している、と考えられる。