米国のインフレ抑制法(気候変動対策法)が今後の米国内でのEV販売に大きな影響をもたらす可能性がある。
8月に発表された総額4300億ドルにも上るこの法案の骨子は大きく分けて3つだ。
1)EVの新規購入者に対して最大で7500ドルの補助金を政府が支払う。ただし最大の補助金を受けられるのは米国内で最終組み立てが行われた車両に限られ、この法律の適用はただちに実行される。
2)来年以降、EVに使用されるバッテリーの部品に関しても、一定以上の割合で国内もしくは米国と自由貿易協定を持つ国で生産されたもののみが対象となる。この割合は徐々に引き上げられる。
3)24年1月以降、米国と外交的問題を持つ国で作られたバッテリーを搭載した車両は米国内で販売禁止となる。
このうち1つ目に関しては、対象車両の価格に制限がある(乗用車は5万5000ドルまで、SUVやバン、ピックアップトラックは8万ドルまで)のに加え、申請者の年収にも制限がある。米政府はこの点について「中低所得層にも広くEVを普及させるため」だとしている。
つまり乗用車でもルーシド・エアやテスラモデルS、Xのようなハイエンドモデルは対象外となり、比較的競争力のある価格帯のものが優遇される。一方でEVとしては低価格帯であっても、米国内で生産されていないものは除外されるなど、アメリカ製品を優遇し国内の製造業をテコ入れする姿勢が明らかだ。
2つ目は、現在EV用バッテリーのシェアで世界の過半数を占める中国製品の明らかな疎外が目的と考えられる。部品の国産品の割合は23年には50%でその後段階的に引き上げられ、29年には100%となる。さらにバッテリーに使用されるレアメタルに関しても、米国内で精製あるいはリサイクルされたものの割合が40%から、27年には80%となる。
バッテリー用のレアメタル、リチウム・コバルト・ニッケルなどに関しては、リチウムが生産量で1位オーストラリア、2位チリ、3位中国。コバルトが1位コンゴ、2位ロシア、3位オーストラリアで中国は9位。ニッケルでは1位インドネシア、2位フィリピン、3位ロシアで中国は7位だ。
3つ目と関連するが、米国との外交的関係に問題がある国として、現在ロシアと中国が対象となる。レアメタルの生産大国でもあり、この2つの国の部品や原材料を使用したものが米国で販売禁止となるとかなり大きな影響が出そうだ。
安倍元総理の国葬に出席した米国のハリス副大統領が、その後韓国を訪問した際に、韓国側からインフレ抑制法に対する懸念を伝えられた、というのがニュースとなった。韓国製EVは米国内の販売台数で現代アイオニック5が6位、起亜EV6が7位と健闘しているだけに、補助金の対象から外され売上が落ちることを韓国が非常に警戒していることがわかる。
一方で大きな恩恵を受けるのが米ゼネラル・モーターズ(GM)とテスラだ。元々米国のEV補助金にはメーカーごとに最初の20万台という制限があった。GMとテスラはすでにこの上限に達しており、政府補助金が打ち切られていた。そのためイーロン・マスク氏などは補助金を復活させるよう政府に要請していた。
今回、新規購入で米国内生産のEVすべてが対象となるため、米国のユーザーは従来よりも安くEVを購入できることになる。日本のメーカーでは日産が対象となるが、トヨタ・ホンダもEVを現地生産する必要性に迫られている。
ただし来年以降のバッテリーについての条件は、今後緩和される可能性もある、という指摘もある。韓国のように米国に正式に懸念を表明する国もあり、また多くの欧州メーカーも対象となる可能性があるためだ。
米国のメーカーはテスラが自前でギガファクトリーを持ち、GM、フォード、ステランティスもそれぞれ韓国のバッテリーメーカーと提携して国内に工場を立ち上げている。しかしテスラは中国で生産する車両には中国CATLのバッテリーを搭載、などグローバルで見ると中国製部品や材料を排除するのはどのメーカーにとっても困難である。
そのため、対象品目の減少や割合を緩める、といった措置が来年の施行までに取られる可能性が高い、といわれている。ただし完全な撤廃には法案の改正が必要となるため、やはり米国で車を売るメーカーはそれなりの対策が必要となるだろう。
※本稿は本誌『CAR and DRIVER(カー・アンド・ドライバー)』の2022年12月号(10月26日発売)に掲載されたアーカイブ記事です