社会構造の多様化と複雑化が進み、もはやクルマだけを見ていては、自動車産業に何が起きているかを正確に捉えられない時代になりました。規制、環境、経済、経営、開発技術、生産技術など多様な面から日本の自動車産業の背景と構図をレポートします。
(前編より)
レースやラリーで勝つためには、部品の組み付けには1ミリレベルでも誤差があってはならない。
ワークスチームでは、車両を完全にバラバラにして、部品を選別して組み付け直し、競技車両を作り出す。なぜそんなことをするかといえば、それでクルマの性能が上がるからである。
つまりそこには完全に確立された「もっといいクルマ」を作るノウハウがある。問題はそれには多大なコストがかかることだ。
もしコストを抑え込むことができれば、トヨタのクルマは競合他社の製品を突き放すことができるだろう。安くて壊れないから選ばれていたトヨタ車は、多くの人々から尊敬を受ける高性能なブランドへと生まれ変わることができる。
トヨタは、選別・高精度組み付けの量産化という新しい目標を掲げて活動を開始する。
目をつけたのは、セル生産方式だ。ベルトコンベアで常時移動しながらの作業では、組み付け精度が担保できない。トヨタは生産の全工程をいくつかに分割し、各ステージごとにジグで車両を正確に固定し、組み付けを行う手作業ブースを設けた。
まずは、高精度ジグ上で車両を三次元測定器で計測し、設計値とのズレを高精度に測定する。
ここでいうズレとは、極めて微細なものであり、もちろんベルトコンベアで流れる通常生産品より微小な公差が保たれているのだが、それでも工業製品である以上、ズレはゼロにはならない。コンピュータはその微細なズレに最適の相性を持つ部品を自動的に選別する。公差と公差の組み合わせを最適化するのだ。
そうして選択された、最良の相性の部品を、熟練の技能工が組み付けていく。もちろん各ステージでの作業に応じた機械化は行う。
何も重たい部品を人が持ち上げる必要はない。それは精度向上に貢献しないからだ。
通常セル方式では全工程をその場で行うため、他工程での作業の邪魔になるような大型の機械を設置することは難しい。工程を分割して、セルとセルをAGV(無人搬送車)で結ぶ新たな方式だからこそ、必要な工程に大型自動機械を据え付けることができた。機械化は作業の効率化、ひいてはコストダウンに多大な影響を与える。
ステージでの作業が終わったら、ロボットが写真を撮影し、画像処理を施して、画像上ですべての組み付けの正しさと精度をチェックする。
チェックが終わったクルマは、AGVに載せられて次の工程へと進み、再びジグに固定される。
つまり、すべての精度は各工程ごとに設計値のゼロ基点に合わせていく。全部が終わってから辻褄合わせの調整をするのではない。
もちろん質的な向上もさまざまに図られている。
たとえば1G組み付けだ。
サスペンションの組み付けはタイヤが接地していてはできない。当然車両はリフトアップされており、タイヤは宙に浮いている。
そうしたサスが伸びきった状態でブッシュ類の締め付けを行えば、クルマが接地した時、ゴムは捻られる。設計時には考慮されていない伸び力が常時サスを持ち上げる方向に働く。
GRファクトリーでは、仮組みした後、クルマを下ろし、タイヤを接地させて1Gの荷重がかかった状態で締め付けを行う。
(後編へつづく)
【本稿はカー・アンド・ドライバー本誌2020年12月号掲載分をウェブ用に加筆修正したものです】
著者:いけだなおと●1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年にビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に独立後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行うほか、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている