新興EVメーカーの上海蔚来汽車(シャンハイ・エウィライ・チーチャァ、NIO)は2021年1月9日に開催した「NIO Day 2020」で、電気自動車(EV)の新型セダン、「eT7」を発表した。驚かされたのが、2022年に固体電池を搭載するモデルが投入されることだ。NIOが発表した固体電池は、トヨタが開発している「全固体電池」と同じ定義であれば、全固体電池を搭載するEVの量産化は世界初となる。
日本では馴染みのないNIOは「中国版テスラ」と言われる新興EVメーカーだ。易車(ビットオート、自動車情報サイト)の創業者・李斌(リヒン)氏が2014年にNEXT EV(2017年に社名をNIOに変更)を上海で設立し、2018年にはニューヨークで上場した。
米テスラの後を追うNIOは、2017年に高級EV市場への参入を果たした。独ニュルブルクリンクで世界最速記録を塗り替えた自社開発のEV、eP9は、販売価格1600万円に上る高級スポーツカーだ。2018年6月にアルミ製ボディのSUV、eS8(航続距離500km)を発売し、2019年末にはeS8より2割安のeS6(同610km)を発売した。
2020年9月に発売したeC6(同615km)は2.1平方メートルのガラスルーフを採用するスポーツクーペスタイルのボディで、若年の中間所得層をターゲットとしている。同社は2020年の販売台数が4万3000台で、中国EVメーカーで第7位、高級EVメーカーで第2位となっている。
NIOが発表した新型EVセダン、eT7は、自動運転技術、NIOオートノマスドライビング(NAD)を搭載し、価格は電池付きが44万8000元(約740万円)、電池のレンタルサービス(車両と電池の別売り)を利用する場合の価格は37万8000元(約628万円)となる。航続距離は、70キロワット時(kWh)電池を搭載するモデルが500km、100kWhモデルは700km、150kWhモデルは1000kmを超える。中でも2022年4Qに納車する150kWhモデルが固体電池を搭載する世界初の量産車として注目を浴びている。
電気を蓄えるために液体電解質を用いるリチウム電池は充電効率や熱安定性が悪く、発火事故も多発する。固体電解質に替えることにより、航続距離や充電時間が大幅に改善されるうえに、安全性も期待されている。NIO Dayでは、シリコン系の負極材料とニッケル系の正極材料を用いることにより、電池のエネルギー密度が360Wh/kgに達すると説明された。
一方、中国の固体電池メーカー、清陶能源(シンタオ・エナジー社)および北京衛蘭新能源(ペキン・ウェイロン・ニュー・エネルギー・テクノロジー社)はNIOに供給しないことが、すでに明らかになった。固体電池の生産をどこが担うのかは目下、業界関係者の最大の関心事となっている。
台湾の輝能科技(プロロジウム・テクノロジー社)が固体電池を供給するのではないかとの観測があるが、今後の成り行きは不透明なままだ。なぜなら、リチウムイオン電池に相当するコスト水準を実現するためには、全固体電池の生産能力は約20GWhになる必要があるとみられ、必要な投下資金も巨額である。そのうえ、生産設備や部材の安定的な調達にも工夫を要する。
NIOは2019年、輝能科技と提携し、試作車に全固体電池パックを搭載する予定を発表。輝能科技は電極に液体電池と同じ材料を採用するとともに、トヨタよりも早く全固体電池の搭載車を量産できる可能性を示し、杭州(ハンチョウ)に年産能力7GWhの全固体電池工場を建設している。ただ、同社が2023年に量産を実現する電池のエネルギー密度(220~230Wh/kg)を勘案すれば、NIOが発表したEV(同360Wh/kg)への供給は現実的ではなさそうである。
実際、李斌CEOは、固体電池の調達先についての言及を避けたものの、自社と協力関係がある業界の筆頭企業だと示した。李氏が発表した固体電池のエネルギー密度、安全性、コストに加え、2022年に量産を実現できるメーカーといえばリチウムイオン電池世界首位の寧徳時代新能源(ニンド・シータイ、CATL)しかないとの推測も聞こえてくる。
NIOは、これまで70kWh、84kWh、100kWhの電池パックで、CATL製のNCM811電池を採用している。CATLは2019年にハイニッケルの三元系電池部材及びシリコン・カーボン複合負極材のコア技術を開発し、エネルギー密度304Wh/kgの試作品を発表した。2020年には上海汽車と共同でリチウムを添加するシリコン電池を開発し、最大航続距離は約1000kmだ。また、CATLが2021年1月、全固体電池の電解質の製造に関わる特許2件を公開し、電解質など電池を構成する主要材料の量産を模索していることがうかがえる。
しかし足元では、CATLがコストの安さと安全性を前提として、電池の寿命を重視するハイニッケルのリチウムイオン電池の開発や生産拡大に力を入れている。全固体電池も開発中ではあるが、材料調達及び生産技術などに依然課題を抱えるため、量産を実現するのは早くても2025年以降になりそうだ。こうした業界の現状及びNIOのタイムテーブルを勘案すれば、NIOが採用するのは電解液の含有量が10%以下の半固体電池にならざるを得ず、CATLから調達する可能性も残されている。
著者:湯進(タンジン) みずほ銀行法人推進部主任研究員、上海工程技術大学客員教授。2008年にみずほ銀行入行。自動車・エレクトロニック産業を中心とした中国の産業経済についての調査業務を経て、日系自動車関連の中国ビジネス支援を実施しながら、中国自動車業界の情報を継続的に新聞・経済誌などで発信。『2030 中国自動車強国への戦略』(日本経済新聞出版社、2019年)など著書多数(論考はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)