2020年の中国新車販売は前年比1.9%減の2531万台、3年連続で前年を下回ったが、消費促進政策の効果などにより、予想以上の回復を示している。旺盛な市場の需要を生かし、多くの地場自動車メーカーは成長を遂げている。一方、アフターコロナの中国では、消費マインドの低迷や自動車生産能力の過剰により、メーカー各社が激しい競争にさらされている側面も忘れてはならない。
中国の自動車産業の幕開けは、旧ソ連の技術支援により、1953年に設立された国営長春第一汽車(現在の第一汽車)が、トラックの生産を開始したときである。1960年代末の中ソ戦争に備えるため、政府は内陸地域(侵攻されにくい)に第二汽車(現在の東風汽車)を着工(1969年)。その後、中国各地に多くの小規模自動車メーカーが設立された。
1978年の改革開放政策以降、上海汽車とフォルクスワーゲン(VW)、第一汽車とVWの合弁企業が相次いで設立された。当時、中国政府は外資系企業との合弁事業による産業規模の拡大を重視するあまり、地場ブランドを育成しようとする認識には乏しかった。
一方、1990年代半ばに登場した吉利汽車、長城汽車、BYDなど民営自動車メーカーは、自主開発で乗用車を製造する独立系メーカーであり、他社製品の模倣や部品の寄せ集めで業界に参入した。
リーマン・ショック後、中国政府が公布した自動車産業振興計画では四大(中国一汽、上海汽車、東風汽車、長安汽車)、四小(北京汽車、広州汽車、奇瑞汽車、中国重汽)の計8自動車グループからなる自動車産業再編の方向性が明示された。
自動車メーカーの所有形態をみると、大まかに中央政府が直轄する中央企業、地方政府傘下の地方国有企業、民営上場企業、新興企業(オーナー企業)に分けることができる。ちなみに中央企業トップの職階が中央政府の副大臣クラスに相当することから、各社の政治力や業界影響力を推し量ることができるだろう。
2020年の販売実績をみると、上海汽車(上海市傘下)は販売台数560万台で、15年連続で業界首位となっている。第一汽車(中央企業)は傘下の合弁企業(一汽VW、一汽トヨタ)の好調を通じて、2位に躍進した。とくに中国政府要人も愛用する高級車ブランド、紅旗の販売台数は18年の3万台から20年の20万台へと急増した。新型コロナウイルスの震源地とされる武漢市に本社を置く東風汽車(中央企業)は、主力工場の稼働遅れに加え、傘下の仏系ブランド車(PSA、ルノー)の低迷により、3位に転落した。
これらの販売台数350万台超の三大グループ以外では、トヨタ、ホンダ、三菱とそれぞれ合弁企業を設けた広州汽車(広州市傘下)が販売台数204万台で第4位。またかつての四大グループの一角だった長安汽車(中央企業)は米フォードなどの合弁事業の低迷に影響され、5位に転落した。
一方、第一汽車の紅旗を除くと、大手国産自動車グループは自主ブランドの差別化を容易に実現できず、販売台数全体に占める合弁先の外資系ブランドの割合は依然として高い。
近年、吉利汽車、長城汽車、BYD等の民営自動車メーカーが低価格車、電気自動車(EV)の販売拡大に力を入れており、大手国有グループ傘下の外資ブランドに対抗している。長城汽車のWEYシリーズ、吉利汽車のLYNK&COなどの高級車ブランドがコストパフォーマンスの高さから若年層の人気を集めている。BYDは国内EV市場でトップシェアを占める一方、海外用EVバス販売にも取り組んでいる。こうした民営自動車メーカーは、R&D能力とブランド力の向上による独自性や差別化を追求し、外資系メーカーと真正面から競争する製品を備えている。
また、中国政府のEVシフトを追い風に多くの企業が続々とEV開発に乗り出している。NIO(米国で上場)、小鵬汽車、理想汽車がIT系から参入した新興EVメーカーの代表格として知られる。この3社はユーザーに新たな価値観を提供(ライフスタイル体験)するアプローチで、既存自動車メーカーとの差別化を図ろうとしている。
一方、中国の自動車グループは、合弁で外資系企業のブランド車を生産しており、複数の乗用車メーカーを展開している。乗用車業界の勢力図をみれば、ブランドの競争力の明暗がわかる。一汽VWは唯一の200万台クラスメーカーとして、業界首位を保っている。上汽VWと上汽GMが2位を争っており、5位の東風日産(販売台数120万台)が日系メーカーのトップを維持している。トヨタ傘下の合弁企業(一汽トヨタ、広汽トヨタ)、ホンダ傘下の合弁企業(東風ホンダ、広汽ホンダ)は販売台数65万~80万台規模となっており、実力は伯仲している。
中国自動車産業が巨大化する一方で企業の乱立、生産能力の過剰といった長年の課題も抱える。政府は業界の「ゾンビ企業」を取り上げ、統廃合を進めてきた。それにもかかわらず、2020年末時点で自動車48グループ傘下の乗用車メーカー計122社のうち、39社はいまだ生産停止の状態で、47社の販売台数は5万台以下とされる。業界の乗用車生産能力は約4100万台となり、同年の需要比で5割程度が過剰と推算される。
実際、ブランド力と製品力のもろさをいち早く露呈した中堅民営自動車メーカーがあり、第9位国有企業グループ、華晨汽車は2020年11月に破産、再建に向けた手続きが始まった。中国政府は2022年に自動車市場における外資出資制限を撤廃し、外資企業を誘致する姿勢を示した。これにより1年後の中国自動車市場は、自動車メーカーの再編も加速すると予測される
著者:湯進(タンジン) みずほ銀行法人推進部主任研究員、上海工程技術大学客員教授。2008年にみずほ銀行入行。自動車・エレクトロニック産業を中心とした中国の産業経済についての調査業務を経て、日系自動車関連の中国ビジネス支援を実施しながら、中国自動車業界の情報を継続的に新聞・経済誌などで発信。『2030 中国自動車強国への戦略』(日本経済新聞出版社、2019年)など著書多数(論考はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)