トヨタ自動車は5月21日~23日に富士スピードウェイで行われたスーパー耐久シリーズ第3戦「富士24時間」に、水素エンジンを搭載したカローラ・スポーツで参戦した。水素エンジンをレースに持ち込もうと発案したのは、トヨタ自動車の豊田章男社長で、自らチームオーナーを務めるROOKIE Racingからエントリーし、MORIZOのドライバー名でステアリングを握った。
「カーボンニュートラルが発表されて以降、自工会会長の立場として『順番を間違えないでほしい』『選択肢を増やしてほしい』とずっといってまいりました。選択肢を増やしてほしいという理由は、すべて(のクルマ)がBEV(電気自動車)になったら、日本では100万人の雇用が失われるからです。そんな中で、選択肢のひとつを実証実験できる場が訪れたと思っています」。
2020年10月、菅首相は「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという意味だ。自動車においてはその切り札がBEVとされている点を、豊田章男氏は危惧している。
目標はカーボンニュートラルであってBEVへの切り替えではない。他にも選択肢はあるし、水素にも可能性がある。その可能性をモータースポーツで示すと同時に、技術を鍛えるのが富士24時間参戦の目的だ。
参戦車両は、カローラ・スポーツをベースに、GRヤリス(4WD)のドライブトレーンを移植したもの。エンジンは1.6リッター直列3気筒ターボだ。ガソリンのかわりに水素を筒内に直接噴射し、出力を発生させる。ガソリンエンジンでも発生するごく微量のエンジンオイル燃焼分を除き、走行時にCO2は排出しない。
水素エンジンの場合は既存のエンジン技術や部品をほぼそのまま転用できるため、燃料電池車よりも低コストで成立させられる可能性がある。そのあたりを検証するのも、モータースポーツに持ち込んだ狙いだ。
水素はガソリンに比べて燃えやすく(混合気を薄くしても着火しやすい)、燃焼スピードが速いのが特徴だ。これらの特徴を生かせば希薄燃焼の可能性が拡がるし、熱効率が向上してパワーと燃費を両立させることができる。
半面、燃えやすい性質があだになって異常燃焼の一種であるプレイグニッションが発生しやすい。点火プラグで火花を飛ばす前に混合気に火がついてしまうのだ。
散発的に発生するなら大事に至る心配はないが、繰り返し発生する「暴走」が起きるとエンジンを壊してしまう。プレイグニッションを技術的にどうコントロールするかが実用化に向けた最大の課題だ。
水素タンクはMIRAI用を利用。全長4375mmのカローラ・スポーツをベース車に選んだのは、タンクの搭載スペースを確保するためだ。水素カローラは後席スペースに4本の高圧水素タンクを搭載し、MIRAIと同様、70MPaの高圧で水素を圧縮して充填。有効水素搭載量はMIRAIの約5.6kgに対し、水素カローラは約7.1kgを確保した。
水素の充填は、ピットレーンの外側に仮設の水素ステーションを設置して対応。燃料電池車用の移動ステーションを運び込んだ。福島県浪江町にある福島水素エネルギーフィールドで製造(太陽光発電で水を電気分解、CO2は排出しない)した水素をトレーラー4台分運び込んだ。
水素カローラは24時間レースを無事完走。走行距離は1634km(358周)に達した。ベストラップは2分4秒台で、GRヤリスの約11秒落ちだった。水素カローラのエンジンはレース直前に完成したばかりであること、水素タンクや計測機器の搭載で約200kg重くなった点を差し引いてパフォーマンスを考える必要がある。
チームは今季の残りレースにも水素カローラを出場させる予定。水素エンジンの開発にあたるトヨタは、「できるだけ早い段階でGRヤリスが積むガソリンエンジン並みの出力(200kW)を発生させ、水素エンジンのポテンシャルを証明したい」と意気込んでいる。