いま米国ではガソリンの値上がりが深刻だ。そして、ガソリンと同レベルで新車、ユーズドカーの価格上昇が話題になっている。多くのメーカーが半導体不足や原材料の不足により生産台数を調整し、結果として市場に出回る台数にも影響し、需要が供給を上回っているためだ。
より深刻なのがEVである。バッテリーの不足などで、各社が値上げを余儀なくされている。テスラの場合、最も手ごろなモデル3が2021年初頭には3万8190ドルだったが、今年6月には4万6990ドルに跳ね上がった。テスラのライバルとなる新興メーカーとして注目のリビアンは予約注文時の価格から18%上昇し、ピックアップトラックのR1Tが7万9500ドル、SUVタイプのR1Sが8万4500ドルに上昇した。
会社の規模が大きい従来のメーカーではここまでの価格アップは見られないが、GMはキャデラック・ブランドのEV、リリック・クロスオーバーの価格を3000ドルアップして6万2900ドルとすることを発表。フォードはマスタング・マッハeの価格は若干上げたものの、話題のF150ライトニングピックアップトラックの価格は3万9974〜9万874ドルに設定しており「現時点では価格変更を行わない」としている。
ただしフォードも実際の販売価格は上がっており、フロリダ州のディーラーでF150が15万ドル近くで販売されている実態が話題になった。ディーラーオプションなどを装着した車両ではあるが、4万ドルを切る価格でユーザーが購入することは非常に難しくなっている。
そんな中、突然値下げを発表して注目されているのがGMのシボレー・ボルトだ。ボルトは2016年に発表され、テスラ・モデル3よりも早く発売を開始した。当時の価格が3万5000ドルを切って話題になり、これまでに累計で14万台あまりを売り上げている。
GMはボルトの価格を6000ドル引き下げ「最低価格設定を2万6595ドルにする」と発表したのだ。これは現在アメリカで市販価格の最も安い日産リーフの2万7400ドルを下回り、最安値のEVとなる大胆な価格設定だ。
ボルトは昨年LGケミカルズが提供したバッテリーの発火事故を受け、今年4月までおよそ7カ月間生産を停止していた。ライバルとなるメーカーが次々に新車を発表する中で、我慢を強いられてきた、ともいえる。そのギャップを埋め、打倒テスラ・モデル3を実現するための価格戦略である。
ボルトそのものも過去に価格変動があったが、2020年モデルでは3万6620ドルだったから、新価格は27%ものプライスダウンとなる。
なぜボルトは値下げを決行したのか。理由のひとつが、政府によるEV補助金が使えなくなったためだ。アメリカ政府はグリーンカー補助金としてバッテリーEVには最大7500ドルを提供するが、これはメーカーごとに上限台数が設定されている。テスラとGMはすでに上限に達しているため、補助金が使えない。
このところ頭角を表している現代自動車のIONIQ5などはまだ補助金の対象であるため、ボルトが3万ドル台半ばくらいの価格では、補助金込みでほとんど同価格となってしまう。またフォードのマスタングeは市販価格が4万5000ドル程度のため、補助金を使うと3万7500ドルで、スペックはボルトを上回る。
こうしたライバルとのギャップを埋めるために、ボルトは新たにクロスオーバーのボルトEUVを発表するなどの戦略を取ってきた。最終的にアメリカ最安値、という価格面での勝負に出たともいえる。ボルトはもともとテスラ・キラーという位置づけで発売されたが、これまでの実績を見るとモデル3には販売台数で遠く及んでいない。今年以降さまざまなメーカーが新型Vを投入してくる中で、GMとしてはなんとしてもマーケットシェアを拡大する必要があった。
今年に入りアメリカのインフレ率は8%を超え、新車/ユーズドカーともに価格は上がっている。その中であえて値下げを行えるのはGMという大企業の体力もあるだろう。そして、この価格変更がEV市場にどのような影響をもたらすのか。今年「これまでで最大規模のボルト生産を行う」と宣言しているGMの本気度が伝わってくる。