前編では、これまでのロータリーエンジンにまつわる歴史を振り返ると共に、MX-30 Rotary-EVに搭載された新型ロータリーエンジン8Cを用いた”e-SKYACTIV R-EV”の紹介、また新しくなったロータリーエンジン工場見学で得られた”気づき”を紹介した。今回の後編では、今回の新型ロータリーエンジン8C誕生によってつながったロータリーエンジンの今後に向けたさらなる進化の可能性、またマツダの夢とロマン、そして将来の見通しについて紹介する。
実は今回新型ロータリーエンジンである8C-PH(以下、8C)の誕生は、ただ単にマツダの電動化ユニットの一部としての役割だけでなく、これまでのロータリーエンジンとこの先の未来を橋渡しする大きな役割も担っている。電動化待ったなしのこの時代、2023年のタイミングでMX-30・Rotary-EVの登場は、マツダのEVラインアップが増えるというだけでなく、ロータリー・ファン視点で見ても非常にいいタイミングだった。
いまから5~6年前のころだったと思うが、筆者がマツダのファンイベントに訪れた際、鋳型などの技術展示コーナーで説明員の方とお話ししたときのことだ。その方の普段は生産技術担当で、「現在のロータリーの製造ラインではロータリーエンジンは1種類しか作れません。しかし、将来レシプロもロータリーもどんなエンジンパーツもひとつの製造ラインで作れるように日々知恵を絞っています。」と話していた。
いま思えばこの話は、当時ではマツダの車体組立工場、現在は機械加工工場でも稼働している“混流生産”のことだったのであろう。混流生産とは、最新の汎用加工機・汎用ロボットによって、マツダ社内で生産するさまざまな部品(ロータリーエンジン、レシプロエンジン、トランスミッション、さらには将来生産が予想される電駆用部品も)がモジュール化され、加工治具を載せ替えることで高精度かつフレキシブルに異なるさまざまな仕様や形状の部品を生産可能にした技術であって、これによってマツダの生産効率は向上した(投資額の抑制を含む)。
現在のエンジン組み立てラインではレシプロとロータリーを混流していなかったが、素材からの機械加工工場では、加工治具を乗せ換えることでさまざまなパーツを高い精度で製造することを可能にしている。それまで1種類しか作れなかったラインが、“混流生産”によりフレキシブルに複数の部品を生産可能にしたということが非常に重要なポイントだ。それはかつて販売されていたRX-7やRX-8に搭載された13Bロータリーエンジンの補修部品の生産継続に大きな役割を持っているのだ。
ここで過去のロータリーエンジンがどのように進化してきたのかあらためて振り返っておこう。
1967年コスモスポーツに搭載された10A型ロータリーエンジン登場以来、唯一1969年発売のルーチェ・ロータリークーペ搭載13A型を除き、量産したロータリーエンジンはすべて同一のディメンジョンであり、ローター幅を60mm、70mm、80mmと変更することで単室容積(1ローターあたりの排気量)を変化させてきた。
これは、開発リソースやコストの問題など複数の理由があるかもしれないが、製造面では異なるディメンジョンのエンジンを同一製造ラインでは作れないという理由があった。なにより製造ラインを新しく作るには莫大な費用がかかる。1970年代のオイルショックを経て、1980年代には徐々に搭載車種を絞ってきたロータリーエンジンが製造ラインを複数持つことは不可能だった。
ちなみに、昨年に刷新される前のエンジン製造工場で使用していた工作機械は50年前から同じものであったいうが、現在では長年使用していたロータリーエンジン用の加工機・部品生産ラインも一新されている。
もし、混流生産という生産技術が確立する前のどこかのタイミング、たとえば2015年の東京モーターショーで発表された『Mazda RX-VISION』がそのまま発売が決まり、これまでと異なるディメンジョンのロータリーエンジンを搭載することとなっていたら、エンジン製造加工ラインと工作機械は13Bを作ることが出来ない機械に改良、入れ替えになっていたかもしれないのだ。
それはすなわち、RX-7・RX-8の13B型の補修用部品としてのロータリーエンジンが作れなくなり、ひいてはエンジン修理が出来なくなるといった事態に陥るということだ。このマツダの新たな生産技術の確立したタイミングと、これからのマツダにとって必要な発電用エンジン8Cを新規で作ることになったタイミングが合致したからこそ、新しい製造加工工場でディメンジョンの異なる13Bを同一の工作機械で作れるようになった。つまり、過去のロータリーエンジンの命をつなげ、いまなお世界に数多く存在するRX-7・RX-8オーナーたちのこれからのロータリーライフも潰えることなく未来につなぐことができた、といっても過言ではない。
しかも、最新で高精度な加工ができるマシニングセンターやバランシングマシンを導入したことで、13B用補修部品もこれまでより製作精度がぐんと上がるメリットもあるというおまけつきだ。なお、RX-7・FD3S型用13B-REWやRX-8用13B-MSPの新品ベアエンジン(商品名はショートエンジン)は現在も生産を続けており、ディーラーなどで購入が可能だ。
さて、マツダはロータリーエンジン復活をこの8Cだけに留めてよしとしているのだろうか?もちろん、そうではないだろう。マツダの技術者はもとより、多くのクルマ好きにとっても、ロータリーエンジンに求めるのは、やはりRX-VISIONのようなスポーツカーに搭載されること。そんな“夢”への期待がかかるこの8C誕生には、未来のロータリーエンジン搭載車を新たに生み出していくという役割があるのではないかと思う。
マツダはすでに高いエンジン効率を達成しているSKYACTIV-G/D/Xを持っている。企業としてもさまざまな制約がある中、新規のロータリーエンジンを開発するという決定は、ロータリーエンジンがマツダの象徴であるということや、技術者の挑戦心、さらには夢やロマンということだけで成立するわけもない。
マツダが今後電動化を推し進めるうえで、マツダの自動車づくりのフィロソフィーや総合的な視点で見ても、シリーズ式PHEV用エンジンとしてロータリーエンジンを用いることは、彼らにとって理にかなっている選択肢だったのだ。そして、それがロータリーエンジン開発を今後も続ける大義名分にもなるはずだ。
マツダは、彼ら自身が想い描く形の“ロータリーエンジンがある世界”を創るためにも、まずはこの8Cで先人からいまに継承する知恵と新たな開発技術の融合によって、徹底的に突き詰めた”発電用ロータリーエンジン”の開発と、工場設備の確立、そして実際に市場導入を通じて、未来に続けるためのロータリーエンジン進化の道を作り上げたのだ。
現在はカーボンニュートラルが世界共通の大命題として声高に叫ばれ、自動車メーカーは年々厳しくなる環境対策が求められている。マツダもその対応に追われているのが現実で、その中にあって、ファンならびに技術者の”夢とロマン”でもある、専用開発されたロータリーエンジン搭載の新たなスポーツカーを世に出すことなど、いかに困難なことかは容易に想像がつく。
ただし、そこでひとつキーポイントになるのは、ガソリンに代わる新たな燃料かもしれない。ロータリーエンジンのメリットのひとつは、多種多様な燃料への対応力の高さである。これから先、水素やカーボンニュートラル燃料などが普及すれば、もしかしたらロータリーエンジン搭載のスポーツカー復活のハードルが下がるかもしれない。
たとえば、仮に水素がメインになるような時代が到来したら、構造上ロータリーエンジンの優位性は大いにある。(とはいえ、燃費効率や大きく重い水素タンクの問題はあるのだが…)
いずれにせよ、将来が予測不可能ないま、いつか来るかもしれない“その時”のためにも、マツダとしてはロータリーエンジンの進化を止めるわけにいかない。進化を止めたものを取り返すにはかなりの時間を要し、ここぞという時を逃してしまうからだ。
マツダは2030年に向けて販売する自動車の電動化を進め、EV比率を増やしていくという経営戦略を明らかにしている。今後e-SKYACTIV R-EVは電動化の中枢を担い、今回のMX-30だけでなくマツダのスモール群の車両に順次搭載されていくことが予想される。現在、MX-30・e-SKYACTIV R-EVは日本と欧州のみの販売であるが、搭載車種が増えていけば、ロータリーエンジンの人気が高くファンも多い北米やオーストラリアの市場導入もぜひ検討していただきたい。
今回、マツダがもつ技術、知見を集約し、さらにロータリーエンジンへの誇りを持って8Cを僕らの前に送り出してくれた。この新型ロータリーエンジン8Cに込められたマツダすべての人の想いは、未来のロータリーエンジンの進化への”飽くなき挑戦”に繋がることとなるだろう。
はまぐちやすし。1977年生まれ。ロータリーエンジン専門ショップREAL-TECH代表兼ロータリーエンジン研究家。マツダが誇るロータリーエンジンの過去・現在・未来に関わるメカニズム・技術・歴史について日々研究しており、さまざまな自動車専門誌にも多く寄稿。ストリートからサーキットまであらゆるステージで走るRX-7、RX-8のメンテナンスやチューニングを数多く行ってきた経験と知識で、ロータリーエンジンのさらなる性能向上の可能性を追求している。ロータリーパーツやグッズ、書籍のコレクターでもある。
自動車ライター・大谷達也によるマツダの本拠地・広島での取材記事が本誌P.12〜15に掲載中ですのであわせてご覧ください