小沢コージ●クルマや時計、時に世相まで切る自動車ジャーナリスト兼TBSラジオパーソナリティ。『ベストカー』『MONOMAX』『webCG』『日刊ゲンダイDIGITAL』「カーセンサーEDGE』で自動車連載、『時計BEGIN』で時計人物連載。毎週土曜18時50分TBSラジオ『小沢コージのカーグルメ』
●なぜいまベルランゴを正規輸入するのか?
「カングーみたいなクルマは簡単には入れられないのです。いままでのブランディングを破壊する可能性がありますから」
かつてシトロエン・ジャポンに、日本で人気のフレンチミニバン、ルノー・カングーのライバルたるベルランゴを正規輸入しない理由を尋ねたとき、こんな返事が返ってきた。
1stベルランゴは1996年に本国で発売。カングー対抗として日本に入れるチャンスは幾らでもあったが、あえて輸入されなかった。
たしかに、スライドドアを持つ商用車然とした実用ミニバンは、それまで築き上げてきたシトロエンの華麗でキッチュなイメージを損ねてしまう可能性がある。
一方ルノーでは、2002年の1stカングー上陸以来、2003年から2016年まで14年連続でジャポン販売トップ、つねに販売全体の3~4割を占めている。ものすごい威力だ。ルノーはかつてルノー5やトゥインゴなど小粋なコンパクトハッチで有名だったのだが......。
つまりカングー人気が上昇するほど、ルノーはカルトな欧風商用車ブランド!? というイメージが付き、他を邪魔している可能性は否めない。
▲シトロエン・ベルランゴ・デビューエディション 価格:8SAT 325万円
もちろん、たとえばトヨタのようにカローラやクラウンと同時に商用車ハイエースを売っているブランドもある。
だが当時の関係者は「それはトヨタの規模だからできるのです。シトロエンには両方のイメージを浸透させる力がありませんから」と言い切った。
しかしシトロエンは、今年その誓いを破り、ベルランゴの導入を決めたのだ。
果たしてそれはなぜなのか? 小沢が商品を味わいつつ、探ってみました。
▲全長×全幅×全高4405×1855×1840mm 車重1590kg 最小回転半径5.4m デビューエディションのボディカラーは全3色
●シトロエンらしいキテレツキュートとカングーを越える実用性の融合
なるほど! 小沢は新型ベルランゴを見るなり一瞬で腑に落ちた。
これなら問題ないと。今回、日本に導入されたモデルは、同じベルランゴでも2018年に欧州発表された3rdモデル。
かつて商用車然とした1stベルランゴとは違い、ポップなシトロエンらしさにあふれている。
サイズは現行カングーをひと回り大きくした程度で、全長×全幅×全高4405×1855×1840mm、ホイールベース2785mm。
▲エアバンプと呼ぶサイドのガーニッシュなどで最新のシトロエンらしさを演出
横幅と高さがほぼ変わらないところはいかにもミニバンであり、商用バンの延長だが、和製ミニバンで見慣れているのと、見た目が可愛すぎる。
シトロエンC4カクタスやC3エアクロスを彷彿とさせる、ヘンテコキュートな仏頂面マスクと角の取れた台形をモチーフにしたエアバンプ、フロントピラーのみブラックアウトしたカラーリングなど、迷うことなきイマドキのシトロエンだ。
▲小径の革巻きステアリングにはレーダークルーズコントロールのスイッチを乗用車と同じく装備 トランスミッションは8速AT
乗ってもビックリ。
一部の樹脂パネルは確かに商用車っぽく、質が荒い部分もある。
だが、乗用シトロエンと同様の小径革巻3本スポークホイールやセンターの8インチタッチスクリーン、8速ATは完璧に乗用車クオリティだ。
とくに走り出して小沢が感銘を受けたのがシートのよさ。
▲シートの座り心地はソフトなだけでなくしっかりしたホールド感もあり秀逸な出来栄え
これまた最近のシトロエンらしい板チョコのような角張りデザインだが、クッションが柔らかいだけでなく、骨盤をしっかり支え、オマケに背中のホールド感に優れる。これは日本のミニバンにはない味わい。
乗り心地も悪くない。元々は商用も想定したクルマだけに、ある程度のゴツゴツ感やロードノイズは感じるが、全体的にしなやか。
なかでも、急加速や急ブレーキを連続させたときの上屋のぐらつきや安定感は、完璧にカングーを越えている。大変キモチのいい走りだ。
それもそのはずプラットフォームはC5エアクロスSUVやプジョー508などと同じEMP2。
骨格は非常に新しく、イマドキのレーンキープアシストやアクティブクルーズコントロールも備えている。これはカングーにはない武器だ。
さらに日本導入モデルで一番素晴らしいのは1.5Lの直4ディーゼルターボだろう。
馬力は130psと大したことはないが、最大トルクは300Nmと十分で、1.6トン弱のボディを楽々ひっぱる。
とくに低速トルクが豊か。これなら大人4名乗車でも十分走れそうだ。
唯一、気になるのは大きめのディーゼル音で、C5エアクロスより明らかに大きめ。このあたりは気になるファンはぜひ試乗をお薦めする。
597Lの容量で棚の高さまで変えられる超特大リアラゲッジに、運転席&助手席上の物入れ、運転席からリアまで貫通したブリッジと呼ばれる縦の天井収納にリアラゲッジ収納、3座個別に倒せるリアシートやフルに倒せる助手席など、使い勝手もしっかりカングーを超えている。
厳密には全長が12cmほど長いが、それでも4.4m台と全幅以外は扱いやすいボディサイズ。
価格は325万円。200万円台後半のカングーより確かに高めだが、その分しっかり魅力あり。
コレは間違いなくミニバン大国ニッポンでもウケる実用スライドドア車である。