小沢コージ●クルマや時計、時に世相まで切る自動車ジャーナリスト兼TBSラジオパーソナリティ。『ベストカー』『MONOMAX』『webCG』『日刊ゲンダイDIGITAL』「カーセンサーEDGE』で自動車連載、『時計BEGIN』で時計人物連載。毎週土曜18時50分TBSラジオ『小沢コージのカーグルメ』
●イチから新開発した渾身の作
ホンダ初の量産バッテリーEV、ホンダeに公道で乗ることができた。
国内発売は10月30日。すでに8月にはマスコミにお披露目され、一部ホンダカーシェアの「エブリゴー」でも一般に貸し出されている。
ビジネスとしてどれくらい本気? 実際の出来は? など疑問点も多かったが、実車を見て乗って、シニアチーフエンジニアの一瀬智史氏と話をして、つくづくこのプロジェクトの不思議さが分かった。
このクルマは、ホンダが超本気で作り、それでいて台数を出して単体で利益を出すつもりはまったくないのだ。
▲ホンダe アドバンス 価格:495万円
一瀬氏が「もう全力です、もうフルスイング(笑)」というとおり、ホンダeは一部モーターなどを除いてほぼイチから新開発。
全長×全幅×全高は3895×1750×1510mmと小さいが、コンパクトな新型フィットや、まして軽のN-BOXとの共有部品などは皆無だ。
それもそのはず、フレームが真っ直ぐとおった新作フロアには、35.5kWhのリチウムイオン電池が完全に収まっており、駆動モーターはリア搭載。既存ガソリン車とは構造がまるで違う。
▲全長3895×全幅1750×全高1510mm ホイールベース2530mm 最小回転半径は4.3mと極めて小さい
室内も非常にユニークで、5つのスクリーンを水平配置した世界初のワイドビジョンインストルメントパネルを装備。
そこには通常のナビ画面だけでなく、春夏秋冬の癒しの絵面や水槽まで表示可能。
ホンダ初の、しゃべる機能である「ホンダパーソナルアシスタント」や、サイドミラーをカメラ化した「サイドカメラミラーシステム」も装備する。
▲外観とともに大きな特徴であるインパネは中央に12.3インチのスクリーンを並べたワイドスクリーンHonda CONNECTディスプレーを配置 運転席や助手席でそれぞれ表示機能を選択できる
珍しいリアモーター駆動のコンパクトEVというだけでなく、コネクティビティ、エンタテイメントの面でもホンダの新たなる挑戦が見て取れるのだ。
●ホンダの考えを具現化した「夢の電動車」
肝心のインプレッションだが、見た目は相当可愛い。
誰でも分かる丸型LEDヘッドライト、リアコンビネーションのお陰だけじゃない。
ノーズがすでに給電用インバーターなどで一杯だったため、当初フロントに搭載する予定だったモーターを、それ以上前後フォルムを崩さないようにとリアに移したのも効いている。
パッケージングは優秀で、全長3.9m以下とフィットより短いボディだが、床下に電池を収めつつも身長176cmの小沢がフロントに座った状態で、リアには小沢が一応座れ、171Lのトランク容量も確保している。
リアシートは小沢のヒザ裏が少し浮くほどシート高が低いが、これでも全体のサイズや搭載メカを考えると広い方だろう。
▲ツートーングレーのメランジ調ファブリック表皮にブラウンのアクセントを入れた専用シート
▲リアシート座面は低い位置に設定
走りは予想以上にいい。
車重は35.5kWhの電池もあってか1.5トン台だが、他のEVを考えると軽い。
ベースモデルで最大出力136ps、アドバンスで154ps、どちらも最大トルク315Nmの強力なモーターもあって加速は良好。
なにしろアコードハイブリッド用の駆動モーターを改良して搭載しているのだ。
ただし、加速特性は個人的には少し大人しすぎる。
発進レスポンスはガソリン車に近く、日産リーフより穏やか。アチラの方が電動加速の味付けが全体的に刺激的だ。
同時に、乗り心地は非常に上質で、ヘタな高級車顔負け。
それでいてハンドリングは俊敏で楽しい。
フィットより小さなボディに、前後重量配分50対50。なおかつリア駆動ということもあって、本当に思い通り曲がる。まさにスポーツカー顔負けの走りだ。
▲サイドカメラミラーは高精度170万画素
▲ドアミラーに代わって良好な視界を6インチモニターに映す
ホンダ初であろう、シングルペダルコントロールも楽しい。
いわゆるアクセルペダルのオフで減速もできる日産リーフのeペダルと同じような機能だが、これまた制御そのものは大人しめで、減速Gのかかり方にしろ、より一般的なガソリン車に近い。
こういったオーソドックスな電動加速の味付けを含め、35.5kWhというイマドキでは小さいEVバッテリーにもホンダの主義主張が出ている。
基本的にテスラや2021年登場予定の日産アリアのような大容量EVに対し、ホンダは否定的なのだ。
バッテリーEVはシティコミューターに徹し、他にないボディの小ささ、可愛らしさで勝負すべきだと思っている。そのひとつの具現化案がホンダeなのだ。
実際ホンダeはWLTCモードで283kmしか走らず、試乗時には走行距離が200kmを切っていた。前に乗っていたドライバーが飛ばし過ぎたようだが、極端な割り切りだ。
だが、そこまでは面白い。
要するにホンダeは、その可愛い顔に似合わず、現状の大容量EVのトレンドを否定し、テスラにケンカを売っているようなプロダクトなのだ。
一方、分からないのが日本で年間1000台という少ない販売目標と、451万円スタートという高すぎるプライス。
正直、日本で普通に売ってビジネスしようという意欲がほぼ感じられない。
すると一瀬エンジニアは「元々がヨーロッパのCAFE対応なので」と吐露。
そう、欧州マーケットはCAFE(企業内平均燃費)規制が激しく、ちょっとでも燃費の悪いガソリン車を売ると懲罰的な罰則が課せられる。
それを避ける為のピュアEV計画であり、欧州では年間1万台売る予定なのだ。
とはいえ、それでもグローバルで年間1万台ちょい。10年売っても累計10数万台なんて儲けが出ないところか完全に赤字まっしぐらなはずだ。
なにしろほぼ新設計のEVなのだから。
最近のホンダは不思議で、一説によるとホンダeはホンダの電動化の夢の体現であり、ブランディングの一環なんだとか。
現時点でホンダはEVは利益を叩き出すモノというより、イメージをアップさせるものと割り切ったのだろう。
つくづく難しい時代に入ったものだと思う。
▲シティコミューターとして十分なサイズを確保