「公用車はセンチュリーであるべきなのか」問題について

運転.jpg小沢コージ●クルマや時計、時に世相まで切る自動車ジャーナリスト兼TBSラジオパーソナリティ。『ベストカー』『MONOMAX』『webCG』『日刊ゲンダイDIGITAL』「カーセンサーEDGE』で自動車連載、『時計BEGIN』で時計人物連載。毎週土曜18時50分TBSラジオ『小沢コージのカーグルメ』

●今回の知事に関してはセンチュリーである必要はない

 最近、話題が続くセンチュリー公用車問題。

 兵庫県現職の井戸敏三知事が、昨年8月、知事用と議長用の2台の公用車を、レクサス(おそらくLS)からセンチュリーに替え、リース料が1台あたり7年間で約1400万円から2100万円に増えたという問題だ。
 
 小沢は直近2週間で大手メディアから2回(ネットTVと新聞社)取材を受けた。しかし、なかなか自分の考えが正確に伝わらないのでここに記しておきたい。

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 問題は大きく2つ、もしくは3つあって、1つは、井戸知事がセンチュリーに乗るべきかという問題だが、直近であれば単純に乗るべきではないと思う。
 
 近年、兵庫県の税収は下降傾向で、とくに今年はコロナの影響で8566億円から約1000億円減収する見込み。
 
 もちろん、この乗り換えがコロナ前の昨夏に行われた事実は知事にとっては不満だろうが、乗っても県経済に好結果を生み出せてないのだから「乗る必要なし」といわれても仕方がない。
 
 ただし、本当の問題は一連の報道が単なる民衆の無駄な嫉妬をあおる、視聴率&PV稼ぎの記事になっていることだ。
 
 知事のいう「広大な県土を走行できる馬力があり、高い安全性能を備えた車種。一方的議論が横行しているのは遺憾」とか「乗れば分かる」発言を切り出して闇雲な個人攻撃に繋げる。
 
 たしかに大衆感覚がないのは問題だが、本質はそこじゃない。そもそも知事がどんなクルマに乗るか明確な金額や車種の規定がないことだろう。
 
 だからレクサスにも乗るし、市長レベルでは軽に乗る人も出てくるわけだ。

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 彼らは選挙で選ばれるが広い意味で公僕である。車両価格にして1000万円まで、あるいは公用車リストがあり、そこから選ぶことにしてもまったく問題はない。海外のカンパニーカーならばそのような規定がある。
 
●単純に安ければいいというものでもない

 ただし、単純に安い軽やコンパクトカーにすれば良いという問題でもない。
 
 なぜなら公用車を使う目的は、できるだけトップに疲労せず、激務を全うして欲しいという願いが込められているからだ。集団の上に立つ人は、本来そういう権利を持つはずだ。
 
 そもそも自分で運転するのはリスクという官庁の発想があるので、必ず運転手付きに違いない。それだけで少なくとも年間500万円以上はかかっているはずなので、単に車両だけ安くしても意味は無い。

 もっというと、問題の本質は公用車以外にある。
 
 自治体にもよるが知事の退職金は4年間で3000~4000万円に及ぶ。
 
 退任時の給料月額×在職月数(途中退任でない限り48カ月)×乗率という計算式があり、月額給料132万円×48カ月×乗率0.536で約3396万円ぐらいになる。 
 それを3期繰り返すと、なんと1億円超え! 
 
 営利団体や株式会社でもない公僕のトップが、そんなに貰っていいのか? の方が公用車よりよほどわかりやすく、疑問に思える。

●センチュリーは日本の国宝たる高級車

 同時にクルマ業界にとっては、一般の方にセンチュリーが誤解されて伝わってしまうという由々しき問題がある。個人的にはそちらの方が気になる。

 みなさん勘違いしているがセンチュリーは単なる「贅沢なクルマ」ではない。 
 そもそもは50年以上前の1967年に1stセンチュリーがクラウンの上級版として登場、新型は3rdモデルになる。
 
 1stモデルは実に30年、2ndモデルは20年という超ロングセラー。
 
 作り続けるのがやっとで、単なる営利目的に生まれたものではない。
 
 月販50台目標、車両価格1996万円という設定も、ある意味安い。
 
 なにしろ塗装だけでほぼ1週間かかる超手作りの高級車なのだ。

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 なかでも2年前に登場した3rdモデルのおもな対象オーナーは、皇族や大企業の会長、社長レベル。
 
 とくに皇族需要は重要で、後席の「おてふり性能」まで考慮されている。
 
 そこで自分は読者に問いたいが、皇族、具体的には天皇皇后両陛下にどのようなクルマに乗って欲しいだろうか。
 
 たとえば軽とか、カローラのようなクルマがいいだろうか。もちろん「庶民的でいいね!」という人もいるかもしれないが、それは日本独特の発想だと自分は思う。

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 海外では当たり前のようにアメリカ大統領なら大統領専門車のキャデラック・ワンに乗り、イギリス王室なら公用車のベントレー・ステートリムジンに乗ったりするわけである。それも完全防弾装備付きの装甲仕様に。
 
 皇族であり、国のVIPが乗るクルマは限界まで守られなければいけないし、同時に国の威信、自動車技術の象徴でもある。
 
 なんだ、そんなのくだらない、と思う読者もいるかもしれないが、そう思わない。

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 実は、自国産の公用車に乗れる国は限られている。
 
 アメリカ、ドイツ、日本、あとはフランスとイタリアぐらいだろう。韓国や中国も自国車に乗っているが、歴史は短い。
 
 要するに自国産公用車というのは、優れた自動車産業を持つ国だけに許された特権なのだ。
 
 おそらくASEANのほとんどの国ではメルセデスやベントレーなどに乗るはずだし、かつては日本もそうだった。
 
 昭和天皇が第二次大戦終戦後、人間宣言し、全国を行脚した時に乗った御料車は溜色のメルセデス・ベンツ770だったのである。
 
 それが長い年月を経て、純国産のセンチュリーや、派生車種のセンチュリー・ロイヤルに変わったのだ。
 
 デフレが進みすぎた日本人はなんでも安ければ良いと考え、平和に慣れすぎた人達は自国に世界に胸を張れる自動車産業がある喜びを忘れてしまうのだろう。
 
 だが、センチュリーを作れる幸せ、それが世界トップクラスの静粛性や安全性、トップの低燃費性を持つのはまごう事なき国民的喜びなはずなのである。
 
 もちろん誰もが乗るべきクルマではなく、相応しい格であり、実績を上げた人が乗るべきだ。そこを間違えてはいけない。
 
 ただし、センチュリーが日本にある喜びもまた忘れてはいけないと自分は思うのだ。

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