小沢コージ●クルマや時計、時に世相まで切る自動車ジャーナリスト兼TBSラジオパーソナリティ。『ベストカー』『MONOMAX』『webCG』『日刊ゲンダイDIGITAL』「カーセンサーEDGE』で自動車連載、『時計BEGIN』で時計人物連載。毎週土曜18時50分TBSラジオ『小沢コージのカーグルメ』
●まさか本当に乗れる日がくるとは!
2月デビューの実用5ドアハッチバック、ヤリス、8月のコンパクトSUVヤリスクロスに続き、9月に追加されたシリーズ第3弾、GRヤリスだ。
このクルマは知る人ぞ知るWRC(世界ラリー選手権)用ホモロゲーション(認証)モデルで、年間2万5000台程度が作られる。
小沢は3年前にトヨタがWRCに復帰するとき、「今後ラリー用のベース車となるスポーティヤリスが作られるかも」とは聞いていたが、本当に登場するとは思っていなかった。
GRヤリスは、一見5ドアのヤリスを3ドア化しただけのようで、実はエンジンもプラットフォームもほとんど別物だ。
改造範囲が限定されたWRCで少しでも戦闘力を上げるために、ベース状態での性能を徹底的に高めてある。
プラットフォームは一応ヤリスやヤリスクロスと共通のGA-Bプラットフォームが用いられるものの、リアセクションは格上のGA-Cプラットフォームだし、スポット溶接の数はもちろん、作り方がまったく違う。
GRヤリスは、スーパースポーツのレクサスLFA用生産ラインを進化させた少量生産用GRファクトリーで作られる。
ベルトコンベアを使わない手作業に近い生産ラインで、職人1人1人が担当を増やして対応するという。
エンジンは既存の1.5Lガソリン直3とは異なる完全新設計の直噴1.6L直3ガソリンターボ。
レース用の高速燃焼コンセプトに加え、軽量部品採用による高回転化、ターボチャージャーなど吸排気系の最適化によって、ピークパワー&トルクは272ps&370Nm。
3気筒エンジンとして世界最高レベルで、スポーツ4WDシステムの「GR-FOUR」と専用設計の6MTが備わる。
価格は、中身が量産5ドアと同じFFバージョンの「RS」(265万円)を除き、装備スカスカのラリーベース車「RC」(330万円)と、メイングレード「RZ」(396万円)、さらに装備充実の「RZハイパフォーマンス」(456万円)があり、小沢は後者2台に乗ったがハッキリいってすごかった。
正直、このクオリティならば400万円前後は安いと思ったほどだ。
●エンジンと6MT、そしてボディ剛性に驚愕
見た目はヤリス5ドアに似ているし、1.8m超の全幅を除くと、4m切りの全長もほぼ同じ。
だが、外板パーツは前後ランプを除いて、すべてGRヤリス用に新設計。ルーフは軽量カーボンプラスチック製だ。
インパネは標準となるディスプレイオーディオを含め、ほぼ5ドアと同じ。
ただし、リアシートは3ドア化と共にルーフ後端が低くなっているため身長176cmの小沢が座ると、ヒザ回りは余裕だが、頭は天井につく。
ラゲッジ容量も171Lとミニマムで、このあたりは、やはりラリー用。
一方リアシートは革張りだったり、ドアトリムもバックスキン風でクオリティは高い。
だが、なにより驚くのはエンジンで、イグニッションを入れたとたん、軽く低音が響く。
イマドキのラリー用ベース車だ。極端なうるささはないが、ノーマル1.5Lガソリンとは存在感が全然違う。
クリアランスの精度も市販用の半分ぐらいに詰めてあるとか。
そして圧倒的なのが6MTの剛性感だ。市販車レベルでは感じたことがないトレース感であり別格の工作機械感。
思ったより重くないクラッチを繋いでからもすごい。
低回転からエンジントルクがあり、扱いやすいのはもちろん、ボディ剛性感が半端ない。
完全に市販車とは別物のレーシングカーテイストで、これだけで気分が高揚してくる。
走り始めるとステアリング剛性感、正確性は、ものすごい。
乗り心地は思ったより良好で、不快感はないが、飛ばすと別格の硬さがあり、やはりラリーウェポンだ。
また、ドライビングモードで限界性能がかなり変わる。
「ノーマル」「トラック」「スポーツ」とあり、とくにスポーツは前後トルク配分が3対7とリア寄りになって、コーナリング時の振る舞いが露骨に変わる。
かたやダートだと5対5のトラックが良さそうだ。
さらにエンジンが本当にトルクの塊、かつドラマチックで、妙なユルさがまったく無い。
1000回転あたりから使えるのも驚くが、そのままドラマチックに7000回転あたりまで吹ける。
ズバリ、GRヤリスは、この専用エンジンだけでも買いだと思う。
小沢はこの手のレース用車両に久しく乗っていなかったが、あらためて400万円スタートは安いと思った。
たしかにコンパクトでリアシートは狭いが、ラゲッジはシートを倒せば普通に使えるし、なにより乗り心地、ステアリングの重さ、ともに日常ユースでも問題ない。
唯一、トルセンデフが入った「RZハイパフォーマンス」はステアリングが重めで、乗り心地も硬め。
軟弱派には少しツラいかもしれないと思うが、RZに関しては6MTにさえ慣れれば普段使いもOK。この、懐の深さはすごい。
聞けば、この価格を達成するためにGRはGRファクトリーを起こし、少量生産ハイクオリティカーを安く作れる方法を探ったとか。
おそらくこの値段はトヨタGRで無ければ達成できないし、たとえばプジョーあたりが作ったら平気で500~600万円か、それ以上するはず。
本当に毎日、クルマを楽しく走らせたいユーザーには悪くない選択どころか、このチャンスを逃したら当分こういうスポーツハッチは出てこないかもしれない。
ぜひ一度、乗ってほしい。