森永卓郎ミニカーコラム「ニュージーランドの個性派メーカー」

ニュージーランドのファンフォというミニカーメーカーの製品は、1980年代の一時期、日本でも輸入販売された。ファンフォ製品の特徴は、1980年代になっても、1960年代当時の製品を継続販売していた点にある。時代の変化に合わせた変更やギミックを加えることもせず、1960年代の時代感覚を反映した製品は、実に味わい深い魅力がある。

同一仕様の同一モデルを長期間にわたって黙々と作り続ける

森永卓郎さん160.jpg■プロフィール もりながたくろう●1957年、東京都出身。東京大学経済学部卒業。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。個人のコレクションを展示する"博物館(B宝館)"を、埼玉県・新所沢で一般公開中(毎月第1土曜日)

2021年4月号森永卓郎さん写真.jpg▲ファンホ(FUN HO!)は1942年から砂型鋳造でアルミ製ミニチュア玩具を製造 その後ダイカスト鋳造の製作を開始 クルマをはじめトラクター/飛行機/電車なども製作 1987年に生産工場を閉鎖 写真はホールデン・カー

 今回、ご紹介するモデルは、ニュージーランドのファンホ(FUN HO!)というミニカーだ。1960年代にオセアニア地域で販売されており、一部のミニカー・ファンが個人輸入していたが、正式輸入されることはなかった。おそらく作りがあまりに素朴なために、需要がないと判断されたのだろう。だが、1980年代に一度だけ正式に輸入された。ボクはそのときに大好きになって、ひととおり買い揃えた。サイズも、作りも、1950年代のマッチボックスを彷彿とさせる味を醸し出していたからだ。

 その後、輸入が継続されることはなかったので、ボクは少しずつ、正式輸入される前のモデルを手に入れていった。驚いたのは、1960年代に売られていたモデルと1980年代に売られたモデルの間に、いっさい変化がなかったことだ。

 他のミニカーメーカーの場合は、スピードホイールに変更されたり、ギミックがついたり、そもそも製造するモデルが新型車に変わっているのだが、ファンホは同じモデルを延々と作り続けたのだ。その意味で、ファンホはミニカー界のシーラカンスといってもよい存在だ。

 80年代と60年代の唯一の違いは、パッケージだ。80年代のパッケージには、透明フィルムの貼られた窓がついていて、中のモデルが見えるようになっている。

 一方、60年代のパッケージは、モービル石油の給油機を模した紙製のパッケージになっている。当時は、モービルのガソリンスタンドで売られていたらしい。正式名称は、「モービル・ミゼット・ファンホ・シリーズ」となっている。

 1960年代のカタログには、1番から40番まで、40種類のラインアップが紹介されているが、正規輸入されたのは、その半分ほどだった。写真のモデルは正規輸入されなかったモデルの中のひとつ、2番のホールデン・カーだ。

 ご存じのとおり、ホールデンはオーストラリアの自動車会社で、途中からゼネラルモーターズの傘下(1931年)に入った。しかし、2017年に国内生産を中止し、今年中にホールデンというブランド自体も廃止される。

 ホールデンは、オセアニアのライフスタイルに合わせたローカルブランドなので、日本では馴染みが少ない。ただ、オーストラリアが、まだモノづくりで頑張っていた時代の象徴でもある。その意味で、歴史的価値を持つモデルなのだ、とボクは考えている。

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