大きな駅や線路のある鉄道に比べて、バスというのは、なかなか存在感を出すことができません。意識して車両を見れば、大きな車体ですから存在を認めてもらうことは可能ですが、日常生活の中ではなかなか意識されません。以前紹介したブラジル連邦クリチバ市のバスシステムは世界トップ水準ですが、それでも市民の中には、まったく知らず、一度もバスを使ったことのない人がそれなりの数いらっしゃいます。
東京や大阪などと異なり、都市内の鉄道網が充実していない大きな都市では、バスの役割は大きいという総論は誰もが認めるものの、利用が伸び悩んでいる場面が多いようです。
最近では、バスの情報を正確に検索できるアプリも多く登場していますが、そのアプリをダウンロードしてもらう段階が難しかったりします。グーグルマップでバス停やバスの位置もわかるようになりつつあるのですが、通常の設定では現れず、関心のない人には情報が届かないようです。
そんな中で原点に返って考えると、まずバス停、そしてバスターミナルというリアル空間の施設の意義に気づきます。ところで、都市でのバスをなんとかしなくては、という動きは、遡ると1980年代から国の政策として取り組まれていました。
当初は、年間あたり全国で2路線と小規模でしたが、集中的投資によって存在感を際立たせる作戦でした。現存するものだと、東京では、渋谷から六本木を経て新橋に向かうグリーンシャトル、名古屋では、道路中央部を走行する新出来町通の基幹バスが該当します。
その後制度は変わり、1997年からは自治体と連携しまちづくりとつなげる意味を込めて、オムニバスタウンという制度になりました。その第1号が静岡県の浜松市です。
浜松市は、オムニバスタウンに指定される十数年以上前から、ユニークな試みを多く実践してきた都市でした。高校生の通学利用にマトを絞ったバス路線、雨の日だけ増便するバス路線などです。
バス会社の不動産部門が分譲するマンションの各住戸に、最寄りのバス停にバスが接近するとチャイムが鳴る装置を付け(到着およそ何分前にチャイムをならすのか、そもそもならさないのか、設定自在)、当時大きな話題になったのも浜松市です。
中でも際立つのが、浜松駅北口バスターミナルです。正十六角形の島のまわりを反時計回りにバスが走る構造です。利用者が乗り場を探して車線を横断するようなことが不要です。
冒頭で紹介した写真は2022年11月にボクが撮影したものですが、すでに約40年たっているバスターミナルはいまも健在で、バリアフリー施設も追加整備され、緑も増え、素敵な空間になっています。ちなみに正多角形のバスターミナルは、岐阜県・浜大津の正六角形形状のものや、神戸市や千葉県・船橋市の正八角形形状のものもあります。
オムニバスタウンのプロジェクトには、途中のバス停のグレードアップも盛り込まれていました。ハイグレードバス停という名称が当時与えられていたと思いますが、風雨をしのげる明るく見通しのよい待合空間、十分な情報提供装置、自転車の駐輪スペースなどを十分に確保した立派なバス停でした。こちらも同じ11月に撮影しました。20年以上の時を経て施設が健在であることは、とても喜ばしいことです。
しかしながら、浜松市でもバス利用は減少ぎみとのこと。長い年月にわたってストックとして残り続けるバスターミナルやバス停施設の存在感が、バス利用の増加につながっていくには、もうひと工夫必要なのかもしれません。
なかむらふみひこ:1962年生まれ。東京大学工学部卒業後、東京大学大学院に進学。専門は都市交通計画、公共交通、バス輸送など。現在は東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授
*オムニバスタウン:交通渋滞、大気汚染、自動車事故の増加といった都市が直面している諸問題を、バス交通を活用したまちづくりを通じ、安全で豊かな暮らしやすい地域の 実現を図ることを目的として、平成9(1997)年5月、旧運輸省、旧建設省、警察庁の三省庁が連 携して創設した制度。バスの有する多様(オムニ)な社会的意義(マイカーに比べて、人・まち・環境にやさしい)が発揮されることによって快適な交通、生活の実現を目指す。浜松市は97年12月に「ノンステップバスの導入」「コミュニティバスの導入」「ハイグレードバス停の整備」を実施している