頭から私事で恐縮ですが、ボクは過日ようやく還暦になりました。まだまだ元気にがんばりますが、VUCA(ブーカ。変動、不確実、複雑、曖昧を意味する英単語頭文字)の時代といわれる現代、来し方を振り返りながら今をきちんと生きていくことこそが使命と言い聞かせています。
来し方を振り返る活動のひとつとして、これまで現地調査研究を行った海外都市のことも整理をしています。今回は、そのうちのひとつ、コロンビアのメデジン市のLRTの話をします。
LRTは次世代路面電車とも訳され、車両や軌道の規格はこれまでの路面電車と同一ながら、車両性能、走行空間設計、運賃等サービス内容、路線バスをはじめとする他の交通手段との連携、まちづくりとの連携といった点で多くの工夫を取り入れたものといえます。日本でも、富山市のライトレール以降知られるようになりました。
個別の工夫自体は、広島、熊本、長崎などの路面電車でもみられるようになっています。来年には宇都宮で新規路線が開通予定です。
ヒューマンスケールの新しいデザインの車両というだけでも心惹かれる人は多いと思います。このような乗り物により、人々の行動はさまざまに変化すると想像できます。でもボクは、街を変えられるのでは、と考えてしまいます。魅力的な交通システムは、人々の住まい方や働き方さえも変え、街並みだって変えるだろうと思います。
たとえば、新横浜は新幹線駅開業で大きく変わりました。しかし、そうではなく、LRTのようなものが街を変えるというところに興味があります。LRTの新設とともに建物が増えていく例は、海外では米国オレゴン州ポートランドなどでみられます。既存の街並みを変えた例として、今回はメデジンのトランビアを紹介します。
メデジンは、古くは麻薬密輸の巣窟で危険な街というイメージでしたが、21世紀になって数々の改革を経て魅力的な都市に変貌し、いくつもの賞も受賞しています。交通については、早くから高架電車を導入した上に、2006年からは、いくつかの斜面貧困住宅地向けに日常利用のためのロープウェイを導入する等、先進国の投資を巧みに巻き込んできています(拙著「都市交通のモビリティ・デザイン」参照)。
メデジンで2015年に開業したLRT(トランビア)は、フランスのトランスロアという技術を用いた、ゴムタイヤの路面電車です(中央の軌道は鉄輪)。ゴムタイヤなので勾配に強く、車体が少し小さく連接構造なので交差点もよく曲がります。同じシステムはイタリアのベネチアなどにもあります。
メデジンのLRTが世界のどの都市とも異なりすごいのは、建設にあたり中心市街地の4㎞以上にわたる街路で自動車やオートバイの走行禁止を決定した点です。メデジン出身の留学生を指導していた当時のボクは、彼にいろいろと調べてもらいました。沿道住民、とくに商業者との調整は大変だったようです。紆余曲折のうえ、沿道の店の並びは大きく変わっていきました。
LRTを見込んで、物販や飲食の店舗が増え、建物も広場もきれいになっていったようです。中心市街地のひとつの通りが、トランビアによって魅力的なにぎわい空間へと変貌していきました。
交通システムというと需要の処理や渋滞緩和といった課題解決のイメージが先行しがちですが、街に新しい付加価値をもたらす、という見方もできそうです。
もうすぐ開業する宇都宮のLRTも、多少時間がかかるかもしれませんが、街を変えていく力を発揮してくれればと期待しています。