【中村文彦Forum】MaaSの運用で大切な条件は何か

選択肢を用意し、選択肢があることを知ってもらうことが重要

青森県・弘南(こうなん)バスが運行する「100円バス」。呼び込みスタッフが提供してくれた適切な情報が移動プランの変更につながった好例。写真提供:弘南バス

 ボクの専門とする都市交通計画という学問分野は、いろいろな領域から成り立っています。大きくは「需要」と「供給」にわけられ、需要は「ひとびとやものの動き」を意味し、供給はそのための「施設やサービス」を意味します。  都市交通の話をするとき、道路やバスや電車と並んで、ひとびとの動きを分析することもとても重要です。新しい道路やバス路線を使ってもらうためにはどうすればよいか、需要を分析する力が必要です。

 ひとびとの移動は、選択の連続であるという考え方が需要分析の根本にあります。「今日は出かけようか、家にいようか」、「どこに、どの交通手段で、どの経路で行こうか」などは、すべて選択行動です。多くの研究者が何十年にもわたって、この視点で分析をしています。たとえば、首都高速道路で新しい料金制度になったら、ドライバーがどのようにルートを選ぶか。その分析に基づいて、どの区間の混雑がどの程度変わるかを予測します。

京王線が提供しているMaaSアプリのホームページ画面(一部)

 MaaSの話は、このコーナーで何回かしてきましたが、需要分析の視点に立てば、「ひとびとの選択行動を支援するツール」という見方ができます。

「これまで気づかなかったようなバス路線の情報を提供してくれる」、「ここでクルマを駐車して、そこからは自転車を借りて移動できる」、というような情報や、予約、あるいは支払いまでサポートしてくれることで、選択行動を誘導できるように期待できます。MaaSアプリによって、バスやレンタサイクルの利用者がどの程度増えるか、予測計算もできることになっています。  しかし、このストーリーには2つの大きな問題点があります。

 まず、対象としているひとびとがこのアプリを使うかどうか、言い換えれば行動の選択ができる場面を当人がそう認識するかどうか、です。そもそもアプリをインストールしていなければ気づかないし、インストールしていても適切なタイミングで見るとは限りません。選択行動に際して情報を確実に入手して合理的な判断をするということが分析の前提ですが、おそらくそうはなっていない場面が多いと思います。

 もうひとつは、選択肢が魅力的かどうかという点です。運賃が高い、本数が少ない、路線も遠回り、というようなバス路線が、選択候補に挙がっても、おそらくはどれも選ばれないと思います。選択肢集合の中の選択肢のうち相対的に最も望ましいものを選ぶというのが分析の基本なのですが、どの選択肢もダメダメという場合があります。

 まとめるならば、地域の課題と可能性に寄り添った「魅力的なサービスがあり、それが対象者にきちんと伝わっていること」、ここが重要で、各地のMaaSプロジェクトでも、この基本の部分が重要です。

 ボクは先の連休で少し遠出をしました。空港からのバスで市内中央の駅につき、そこからタクシーでホテルに向かおうと決めていたのですが、バスを降りたところで、バス会社の人が、「100円均一の市内循環バスいかがですか」と呼び込みをしていました。「そのバスは、ボクが泊まる予定の〇〇ホテルを通りますか?」と尋ねると、バス会社の人は「はい通ります。およそ10分で××で降りてください。目の前にホテルがあります」と教えてくれました。

 ボクは循環バスに乗りました。魅力的な商品の存在が適時に伝われば選択行動は変わる、ということの実体験です。そもそもこういう呼び込みをするバス路線もとても珍しいですが、ここにいろんな可能性を感じます。

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