【中村文彦のForum】タッチ決済の導入がバスの未来を開く

タッチ決済の導入がバスの未来を開く

やんばる急行バス(沖縄県)はクレジットカードのタッチ決済でバスの運賃を払える。スマホでチケットを購入しておいて乗車時にスマホを見せる“ジョルダンモバイルチケット”も実用化している

 以前のコラムで、フランス南部のバイヨンヌのBHNSにて、クレジットカードのタッチ決済でバス運賃が支払える話をしました。タッチ決済は、日本でも少しずつ実例が増え始めているようです。

 路線バスで最初に本格実施したのは、沖縄県内で運行している“やんばる急行バス”でした。写真は、筆者が乗車したときの運賃支払いの様子です。2020年7月16日より、全車で利用可能になっています。なお、同時期の7月29日から茨城交通(みちのりホールディングスの中の1社)でもタッチ決済が開始されています。

 先行したやんばる急行バスの事例は、一般商業施設などで用いられている機器を路線バスに搭載したシンプルな仕組みですが、茨城交通の事例はタブレット端末を活用し、VISAなどが開発したプラットフォームを活用しています。

 やんばる急行バスのシステムは、商業施設などでボクたちが経験しているように、カード利用控えを印字する仕組みになっていることもあり、若干の時間を要します。そのため、多くの降車客がバスを降りる際に個別にカードタッチ決済を利用すると、降車に時間を要するようです。とはいえ、この意欲的な事業者の工夫した導入は高く評価されるべきものと思います。なお、みちのりホールディングス各社に展開されているタブレット端末決済は利用控えを出さないこともあり、それほど時間がかかりません。

 さて、公共交通でのキャッシュレス化にはいろいろな意図や効果を考察できます。

 日本の交通系ICカードでは、事業者側からすると、大規模な駅での通勤時の改札口の人流の円滑化と人員コスト削減が狙いだったように思えます。一方、利用者側の効果が大きいことはいうまでもありません。鉄道であれば、運賃が記されている路線図を見ながら、目的地までの金額を確認し、その金額を券売機に投入する手間が省けています。

福島交通(写真)や茨城交通などみちのりホールディングス・グループ各社はタブレット端末決済を導入。利用控えが出ない分、決済にかかる時間が短くて済む

 バスであれば、整理券を取って乗車し、前面上部の運賃表を確認して、おつりのないように、必要ならば両替してから運賃を払う手間を省けています。これらは安心感につながります。

 海外の事例の中には、乗務員がいわゆる“ネコババ”(英語ではfare leakageという場合もあります)をする機会を減らすことを含め、業務上の精算処理を正確にかつ効率的にすることが狙いのものもあります。とはいえ、利用者側、とくにボクらのような他国からの訪問者からすれば、言葉が不自由な場面で、キャッシュレスでの乗降は、やはりとても安心します。 クレジットカードにタッチ決済機能が導入されたことで、運賃支払いについては、今後、大きく変化していくのだと思います。

 乗車時と降車時にタッチするだけで運賃決済ができることは、利用者に安心感を与えるだけでなく、自動的に、交通計画の基本ともいえる起終点データ(乗った場所と降りた場所のデータ、OD=Origin-Destinationデータともいいます)が入手できるので有用です。

 カード利用控え発行に時間がかかるなどの問題は今後解決するでしょうし、近未来的には、カードの機能を有するスマートフォンで、タッチせずとも乗降が確認できるようになりそうです。イタリアでは、日本の日立製作所の技術で実証実験が始まっています。利用者にとっても事業者にとっても、そして未来のためのデータ分析にとっても有用な技術が、どんどん進化しています。利用者、とくに障害のある方や言葉に不自由な人々などに新たな負担をかけず、むしろ負担をさらに減らす方向に技術が進化していくことが重要です。

なかむらふみひこ/1962年生まれ。東京大学工学部卒業後、東京大学大学院に進学。専門は都市交通計画、公共交通、バス輸送など。現在は東京大学大学院新領域創成科学研究科特任教授

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