トミカのコレクション棚をみていて、ふと考えた。これまで53年の歴史の中で、最も美しいトミカは何だろうということだ。ボクの目に止まったのは、いすゞ117クーペだった。
1968年に登場した117クーペは、まず実車がセクシーだ。デザインを手がけたのは、イタリアのカロッツェリア・ギアで、チーフデザイナーのジョルジェット・ジウジアーロが指揮を執った。
そのため日本車でありながら、どこかイタリア車の香りを感じる。ボクが日本経済研究センターに勤務していたとき、同僚が117クーペに乗っていたので、間近で見ることができたのだが、惚れ惚れするほどの美しさだったことをいまでも覚えている。
ちなみにボクは、なぜ117という数字が車名に使われているのか、ずっと不思議に思っていたのだが、単なる開発コードで、排気量や馬力とはいっさい関係がないことを後に知った。
そして、この実車の美しさを見事に小さなボディに再現したのが、トミーだった。トミカの117クーペが登場したのは1974年で、品番10番の2代目モデルだった。ちなみに初代は、ホンダNⅢ360で、このモデルは、トミカの爆発的ヒットで供給不足に陥り、香港に委託生産したモデルなので、品質的にはかなり問題のあるものだった。
それを生産基盤の整った国内製造に戻し、満を持して登場したのが117クーペだったのだ。ホイールもいまのホットスタンプ方式と異なり、トミカの歴史上最も美しい1Eホイールが装着されている。金型の造形、塗装、仕上げと、すべてが完璧で、製造から50年が経っているというのに、まったく当時の輝きが衰えていない。
もちろん、最近のベトナム製トミカは、ボディへの印刷技術などが進化して、50年前のトミカよりもはるかに精度が上がっているのだが、ミニカー自体の美しさは、やはりメイドイン・ジャパンにかなわない気がする。
トミカが、生産拠点を海外に移したのは1985年のプラザ合意によって、為替が短期間に2倍の円高になってしまったことがきっかけだった。ただ、最近の円安回帰によって、メイドイン・ジャパンのトミカを復活させる環境は整ってきたと思う。イベント用の単発商品で、多少値段が高くなってもいいから、一度メイドイン・ジャパンに再挑戦してほしいなとボクは思っている。
文:森永卓郎