1975年、マツダのフラッグシップとして販売されたロードペーサーの貴重なミニカー。ブランドはトミカダンディ
49分の1スケールで製作された理由
もりながたくろう●1957年、東京都出身。東京大学経済学部卒業。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。 個人のコレクションを展示する"博物館(B宝館)"を、埼玉県・新所沢で一般公開中(毎月第1土曜日)
▲トミカダンディ製マツダ・ロードペーサー 49分の1スケール ロードペーサーは全長×全幅×全高4850×1885×1465mm エンジンは13B型ロータリー(130ps/19.0kgm)
最近のマツダ車は、コンセプトがしっかりしている。デミオからロードスターまで同じフロントマスクをまとっていて、基本レイアウトもできる限り共通化している。ハイブリッドを採用せず、運転の楽しさを最優先する。中堅メーカーが生き残るための知恵だ。
しかし、マツダが昔からそうだったわけではない。かつては、クルマ作りにさんざん迷ってきた。その最大の迷いがロードペーサーだった。
1975年に発売されたロードペーサーは、3ナンバーの大型車で、マツダのフラッグシップモデルという位置づけだった。
しかし、中堅メーカーのマツダに、大型車を開発する体力はなかった。そこでオーストラリアのホールデン(GM系)からボディを仕入れて、そこに自慢のロータリーエンジンと3速ATを組み合わせる手法を選択した。 ただ、いかにロータリーエンジンが優秀とはいっても、大型車のボディを引っ張るには力不足で、無理をしているから燃費もよくなかった。
結局、商業的には大失敗で、5年間の歴史で販売台数は......。
ところが、ミニカーの世界は不思議なもので、ロードペーサーは国産名車コレクションとファースト43がモデル化している。それぞれ素晴らしい仕上がりだが、今回取り上げたモデルは、初期のトミカダンディだ。
トミカダンディ(トミカの大型版)は、当初トミカでモデル化した車種をそのまま採用していた。ところが、このロードペーサーは、トミカで製品化されておらず、ダンディ単独で企画されたのだ。
ただ、当時のダンディは、43分の1スケールではなく、箱の大きさに合わせて作られていた。そして、ロードペーサーが大型車であるために、ダンディのモデルは、49分の1スケールという、なんとも中途半端な縮尺になってしまった。
出来が悪いわけではないのだが、この中途半端なスケールのおかげで、ダンディのロードペーサーは、本来の重厚感とかけ離れた、チープな仕上がりになった。マツダの迷いとトミーの迷いが重なって、なんとも珍妙なモデルが生まれたのだ。
ただ、〝出来の悪い子ほど可愛い〟ではないが、ボクは、このロードペーサーが大好きなのだ。
ボディカラーは、写真のメタリックブルーのほかにクリーム色が存在したのだが、ミニカーのほうも販売状況が芳しくなかったようで、いまだにクリーム色のモデルは、入手できていない。