レクサスLSを西独で試乗した。フランクフルト近郊の高級ホテルをベースに、2日間走り回った。
欧米の贅沢なホテルや、高級ホテルの光景に、高級なクルマはつき物だ。美しい建築のホテル、その正面玄関の前には必ず見事な高級車がズラリと並んでいる、車寄せの前に駐車スペースをとるのは、ホテルにとってハイレベルな客層を誇示する有効な手段だからである。
ホテルにとっての上客といえば、社会的な地位が高い、富裕な人たちである。彼らが乗り付けるのは、贅沢なクルマであるのは常識だといっていい。そうした客の多くは、ホテルが彼らのクルマをどこに置くかを気にする。クルマをパークさせる場所も、ホテル側の自分への対応の現れだからだ。
ホテル前面の限りあるパーキングスペースは、ホテル側にとっても客にとっても、プライドにかかわる大いに意味のある場所である。一流のホテルになるほどそうだ。伝統と各式をうたうホテルほど、そんなプライドは強くなる。
したがって、ヨーロッパの一流ホテルの入り口には、高級なクルマがズラリと顔を並べている。ロールス・ロイス、ベントレー、メルセデス、ジャガー、フェラーリ、ポルシェ、BMW……有名ブランドが静かに競演している。
そんな華やかな場で、日本の新しい高級車レクサスがどう見えるか……ボクは興味津々だった。レクサスはメルセデスに似ている、という印象を抱いた人は多いはずだ。ある角度から眺めると確かにそう見える。ボクも、初めて見たときにはそう感じた。だが、回を重ねて何度も見ているうちに、その印象は徐々に薄れた。西独での出会いで、そんな感じはほとんど消えてしまった。
西独の光の中のレクサスは、明らかにアイデンティティを持っていた。とてもバランスがよく、美しく仕上がっている。近寄って、隅々まで見ると、いかにも日本のクルマらしい。本当に細部まで丁寧に仕上げている。トヨタのデザインの実力、そして生産技術に文句なく拍手を送らなければいけない。
そばで見たレクサスは、艶やかな面の張りも美しく、存在感は十分に高い。しかし、少し離れて眺めると、Sクラス・メルセデスやジャガーに対するような感じではない。レクサスは、いまひとつ存在感が薄い印象に変わる。
なぜだろうか……。ボクは距離の置き方をいろいろ変え、いろんな角度から眺めてみた。出た結論は、「たたずまいの個性の弱さ」だった。Sクラス・メルセデスもジャガーも、遠くにチラッと一瞬目にとめただけでも、存在がわかる、たたずまいの内に、Sクラスは大いなる威厳を、ジャガーは非常な優雅さを秘めている。ところがレクサスは、美しく、調和がとれているのだが、それ以上の「プラスα」がない。何かが欠けている。
そのひとつは「強さ」だといえるかもしれない。レクサスを目にすると、あくまでも滑らかなラインが印象づけられるだけで、強さが感じられないのである。Cd値を追いすぎた結果かもしれないが、もうひとつ強さがほしかった。
高級車のデモンストレーションのような、ヨーロッパの高級ホテルの前で先輩高級車に混じって存在を主張するためには、無難な、破綻のない美だけでは不足なのだ。少々アクが強いといわれようと他車との違いを明白に打ち出す個性の強さが必要である。そうでないと「上等な無印良品」になりかねない。それをボクは心配している。高級車はブランド品である。
インテリアにも同じことがいえる。個々に見つめるとレクサスのインテリアは実によくできている。マテリアルの質感も、仕上げも文句なしだ。コントロール系の扱いやすさにも、注文をつけるところはほとんどない。
だがインテリアもエクステリア同様に、どうも印象が弱い。だから、乗っている間は何の不満もないが、印象に残らない。降りて、部屋に戻る。さて、レクサスのインテリアはどうだったかな……と思い返そうとして、これがハッキリとは思い出せないのである。
メルセデス、ジャガー、BMW、ロールス・ロイス……伝統を誇る高級車はどれも独特のテイストを持っている。個性の香りを間違いなく思い出すことができる。イメージをフラッシュバックさせることもできる。個性の味わい、その香りについて多くを語り合えるのだ、それは、文化といってもいい。
だが、レクサスの場合は、「うーん、よかったんじゃない……」といった曖昧な答えしか出せない。いろいろと語るだけのイメージが脳裏に残らないのである。すべてに細心の注意を払ってバランスをとったレクサスだ。レイアウトも細やかに気配りし、タッチを磨き上げて……そうした積み重ねが、こういう結果を生んだのかもしれない。
つまり、レクサスは乗り込んだとたんに、ドライバーの手や、体になじんでしまう。違和感はもちろんなく、とりたてて意識にのぼるところもない。一般的にいえば、それは美点になり得る。が、それだけに、心に残ることもないのではないか……という考え方もできる。
これは一面では的を射ていると思う。しかし、決してそれだけではないだろう。いや、たとえ初対面のドライバーにも抵抗感がないのが日本車の特色であっても、その中に「独特の香り」や「忘れがたいイメージ」が溶け込んでいるべきだ。それが乗り手の感性に自然に語りかけ、記憶に浸透しない限り、真の高級車の仲間入りはできない。高級車の価値は、単に大きくて、質が高く、贅沢な装備にあふれているだけでは満たされないのだ。
とはいえ、伝統ある世界の高級車と同等の存在感をいますぐ実現したい、といっても難しいことである。レクサスは、初の高級車としては文句なしによくできている。バリュー・フォア・マネーで圧倒的な高得点を挙げている。世界中の多くのユーザーから絶大な支持を受けるだろう。
でも、文字どおりの高級車に将来成長するためには、エクステリアにしてもインテリアにしても、無言のうちに人々の心の奥深くに沁み入り揺り動かす、強い香りが絶対に必要だとボクは思う。
アウトバーンで、西独のカントリーロードで、レクサスLSの走りは素晴らしかった。世界は広いが、クルマがいちばん活き活きと走るのは西独である。北海道の士別テストコースで乗ったときに「ついに日本車もここまで来たか」という感激を味わったが、思い切りアクセルを踏みつけて、感激はさらに本物になった。
アウトバーンでのレクサスのトップスピードは270km/h(メーターは260km/hまで表示)をわずかに超えた。こんなことが現実に日本車で体験できるとは、つい最近まで思ってもみなかった。メーター誤差は最大5%程度というから、実測値としても257km/hに近い。道はやや下り勾配だったが、レクサスのマークしたスピードには、拍手を送る価値は大いにある。しかも270km/hプラスのスピードを、レクサスはかなり気軽にマークしたのである。ボクは手に汗も握らなかったし、フラフラするクルマを必死で直進させたわけでもない。ただ、前方に障害がないのでアクセルを踏んでいたら、スムーズにスピードが出たのだ。レクサスはスタビリティもいいのである。そんなレベルでも、4リッターのV8(260ps/36.0kgm)は洗練された軽快なハミングを、遠くでかすかに奏でているにすぎなかった。
高速をストレスなく走れるのは。クルマの実力を証明するひとつのビッグメダルになる。レクサスには、その勲章を与えるにふさわしい実力がある。
しかし、レクサスのすべてが十分に仕上がっているとは、さすがに言い切れない。スタビリティにしても淡々と飛ばすには問題はない。だが160km/h以上で急なレーンチェンジを強要されるケースだと、まだ不満がある。エアサスと金属サスのクルマで少し違うが、160km/h オーバーでの激しいアクションでは、クルマの挙動とステアリングの動きの間に不調和が出る。揺り戻し現象も気になるレベルだ。180〜190km/hになると、横風や他車の横をすり抜けるときの影響など、研究課題が残る。
もっとも、これらの各種注文は、いずいれも「特殊状況」でのものだ。世界広しといえども、超高速が合法的に許されるのはアウトバーンのみ。レクサスの主力市場となるアメリカと日本の路上では、ほとんど問題にならない。また問題にするユーザーもいないだろう。レクサスを手に入れたユーザーのほとんどは、無類の静かさに感激し、滑らかな駆動系と快適な乗り心地(とくにエアサス車)にうれしくなる。素晴らしい動力性能に陶酔し、アメリカでも日本でも「いい買い物をした」と満足するに違いない。
ボク自身は50〜60km/h以下の低速度の乗り心地と、130〜140km/h以上の風騒音が、いささか気になった。路面からの入力変化に対して、ショックの伝え方の変化の幅が大きい点も改善を望みたい。だが、ボクの気になるポイントも、ユーザーはたいていの場合、見過ごしてしまうレベルかもしれない。
とにかくレクサスは、メルセデスやBMWと同じ土俵上に並べて語ることができる実力を備えたクルマである。今回、西独の試乗を通じてハッキリとわかった。これで前述の「高級車の薫り」といったテイストを身につけるようになれば、レクサスは真の「世界の高級車」として高いランクにつけるはずだ。
それにしても、このレクサスをメルセデスのミディアムシリーズやBMWの5シリーズよりも安い価格で販売するとは……。日本の自動車産業はまた、大きなステップアップを果たしたと世界にアピールすることになるのは間違いない。
※CD誌1989年10月26日号掲載