カーレースの歴史をひもとくと、世界初の本格的長距離レースは1895年、フランスのパリ〜ボルドー間で開催され、蒸気自動車、電気自動車、ガソリン車などが出場した記録が残っています。同時代に米国で生まれた自動車絵画の大御所ピーター・ヘルク(1893〜1988年)は、1910年代から歴史に残る大レース&クルマを描き続けました(『栄光の自動車レース』原題/Great Auto Races 絵と文/ピーター・ヘルク 1978年 朝日新聞社刊)。
クルマは時代を映す鏡。本誌の表紙イラストを担当する渡邊アキラさんは、どのように作品に取り組んでいらっしゃるのか。レーシングカーのイラスト制作の様子、その舞台裏をたっぷりと聞かせてくれました。
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今回選んだ作品は、モデラーの皆さんが行っている作業を2Dの平面上で再現したような作例です。素材を基に、自分の好みで想定したレース仕様など有名な個体に仕上げるため、車体をデフォルメ、修正したり、パーツを変える作業と一緒です。
Ford GT40は、2014年ごろ、アメリカで撮影したGT40のレプリカを基に、ル•マン・ウィナーの個体にアレンジしました。一見完璧に近いと思えたレプリカでも、細部を追って検証するとオリジナルとの大きな違いを痛感させられ、ボディバランスや各パーツ、ステッカーの位置関係など辻褄合わせがとても難しかったです。このときは“新築よりもリフォームのほうが難しい”という建築設計士の言葉を思い出しました。
ステッカー類は別に描き起こしてパース(透視図的な遠近感)を付け、ボディ面に沿うように変形して適所に配置。プラモデルのデカール(スライドマーク)貼りと似た感覚です。 レーシングカーのカラーリングの中ではスカイブルーとオレンジのガルフカラーが大好きで、これまでポルシェ917KやミラージュM3などを描いていますが、フォードGT40はガルフカラーがとても似合うと思います。
D.B.Panhard(パナール) HBR4は、約30年前の海外取材で、銀塩カメラで撮影しました。イラストは、同型の素の車体を基にパーツ類を変え、ステッカー類はフォードGT40と同様に別途描き起こして、ル・マン・ミュージアム所蔵の1960年ル・マン出場マシンの仕様で描きました。
取材時、周囲は大排気量の豪華なクラシックカーが多い中、DBパナールは異彩を放っていました。実際の姿は見るからに空力特性に優れたフォルムで、小さく低く構えた美しいフレンチブルーのカラーリングが実に印象的な1台でした。
Renault R8 Gordini(ゴルディーニ)は国内のイベントで撮影した1シーンで、メンテナンスが行き届きオリジナルの状態がよく保たれた個体を基に作品に仕上げました。もし自分がオーナーなら、こんな風にモディファイするだろうなと想いを馳せて、まずはヘッドライトをイエローバルブに変更して、タイヤはミシュランのXASに履き替え、足回りはキャンバー角を少し変えて室内にロールバーを組み、フォグにミラー……と、次々アイデアがわき、実際のオーナーに申し訳なく感じつつも作業を進めました。背景を描き終えて、最後の仕上げのウィンドウシェードや各ステッカー類はてんこ盛りで多めに作り、うるさくなりすぎないように全体のバランスを見て交換したり省いたり、引き算で判断しました。
名チューナーとしてフィアットのアバルトに対して、ルノーのゴルディーニ。蠍の毒も痺れますが、醒めた炎のようなゴルディーニも通好みで素敵です。
ボクはプラモデルのボックスアートも描いていますが、つねにモデラーの皆さんにとって最良の資料となるよう、全体のバランスを崩さない範囲で各パーツ類の形状や装着方法がわかるように、作り手の側に立って取り組んでいます。
今回ご紹介した3作品は、ふだん仕事に追われてプラモデルを作る時間が取れないボクの代理作業のような側面もあり、大好きな車種でもあります。
CAR and DRIVER誌の表紙イラストは、クルマ好きの定番車種ばかりではなく、個性的で魅力的な忘れがたいクルマも作品を通して紹介していくことが、自動車を描くイラストレーターとしての使命ではないかと感じています。
ところで、ボクのクルマ生活は、3年前に日常の足がアルファロメオからシトロエンに変わりました。趣味のクルマは英国車好きなのでMGのままで全く変わらず。EVへのシフトは今のところ考えていませんが、しばらくはこの布陣で行くか、内燃機最後に何か元気そうなライトウェイトスポーツをチョイスするか、悩みは尽きないです。
わたなべあきら
1957年、東京生まれ。本誌の表紙を担当する傍らタミヤ模型の箱絵、HONDA CARSのカレンダー、広告やキャラクター制作など仕事は多岐にわたる。AAF(オートモビル・アート連盟)理事。アトリエは東京、千葉県在住
インタビュアー/山内トモコ