クルマを題材にスーパーリアリズムの絵画表現に取り組む田邉光則さん。対象をクローズアップで捉えた作品では、肉眼で見るよりもリアルな世界が体験できます。田邉さんの好きなクルマの原点は、カーデザイナーたちのさまざまな個性が反映された1960〜70年代に誕生したクルマ。小説や映画、音楽などもイマジネーションの源泉になっています。
作品①『アルファロメオ ジュリア スプリント GTA』はボクがよく描くモチーフのクルマです。子供の頃からなぜか丸目のクルマが好きでした。村上春樹さんの小説に『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』という短編がありますが、アルファロメオGTAは、ボクにとってまさに100パーセントのクルマです。
ボクは絵の制作のために実車を取材します。作品のアルファロメオは、約25年前に筑波サーキットのイベントで取材し、当時はクルマの正面からの構図を描きました。
今回は、そのときの構図とは異なる「もうひとつの形としての作品の在り方」です。25年前のボクの画力では描き切ることができず、「いつか描こう」とずっと頭の片隅に残っていた画題です。3年前、コロナウイルス流行の時期に自宅で過ごす時間が多くなり、現在の技量ならば描けるのではないかと思い立って制作を開始。ところが、どのように作品として仕上げたらいいのか考えがまとまらず、地塗りが終わってから約2年間放置していました。
2024年1月に古いプラモデルの雑誌をパラパラめくっていると、ふと言霊のように降りてくる感覚があり、仕上げに至る方向性が見えてきました。不思議ですがこれまで見えなかったモノが見えたのです(視力の問題ではありません)。
それからは作品に向かい合うことが楽しくて、約40日で仕上がりました。
この作品は9月に銀座Steps Galleryで開催される大学時代の友人との3人展「just curious」に出品します。
作品②『アストンマーティンDB11』は、偶然知り合った自動車文化をこよなく愛するオーナーさんのオーダーで描きました。秋のよく晴れた日に実車の取材に伺いました。
アストンマーティンのイメージといえばショーン・コネリーが演じた“007”のDB5が浮かびますが、ブリティッシュロック好きのボクはポール・マッカートニーやミック・ジャガーが所有していたDB6が深く印象に残っています。
DB11(初期型の12気筒)の実車を前にして感じたのは、このクルマの“佇まい”でした。DB11をさまざまな角度から眺めていると、どことなくDB6の“骨格”のようなものが感じられました。その佇まいを常に気にかけながら、作品を仕上げました。
画家としての技術を駆使して、定められたプロセスを抜かりなく進めるだけでなく、その一歩先にあるクルマの佇まいや、かもし出す雰囲気を画面に浮かび上がらせることができたらいいなと思っています。
学生時代の恩師、上田薫先生が「絵に描いた餅は何の役にも立たないが、美味そうに見える餅を描くのが画家の仕事だよ」ということばを思い出しながら描きました。制作期間は約6カ月です。クルマを通しての人との出会いはボクの財産だと思っています。
インタビュアー/山内トモコ
たなべみつのり/1967年、茨城県出身。1992年、茨城大学大学院教科教育専攻美術教育専修修了。90年、一陽展・特待賞受賞、以降毎年出品。第23、24回現代日本美術展出品。2007年、AXIS GALLERYにて個展。2023年、代官山蔦谷書店クルマ・バイクコーナーにて個展。愛車はアバルト595コンペティツィオーネ。一陽展会員、AAF(オートモビル・アート連盟)会員。茨城県結城市在住
やまうちともこ/TOKYO-FMパーソナリティを20年以上つとめ、インタビューした人1000名以上。映画評論家・品田雄吉門下生。ライター&エディター