現在では絶版モデルとなってしまったが、ブルーバードはモーターリーゼーション黎明期に日産の躍進に大いに貢献した存在だ。
初代ブルーバード・シリーズ(P310型)に、1961年2月に加わったファンシーDXは、女性ユーザー向けのユニークなモデルだった。初代ブルーバードは、オーナードライバー向けに開発された国産乗用車の草分けである。デビュー当初から人気が沸騰。瞬く間に日産の代表モデルに成長した。
ファンシーDXは、その人気をさらに決定的にするために企画された意欲作といえた。ターゲットは女性ドライバーである。
当時女性ドライバーは、まだまだ少数派だった。しかし絶対数は少なくとも、ステアリングを握る女性は、社会的に影響力のあるポジションの人が多かった。会社経営者や芸能人、さらに裕福な家庭のご婦人など、いわばトレンドセッターともいえる立場の人たちだった。彼女たちに支持されるアイテムは、たちまち周囲の憧れの対象になった。
日産の企画陣は、マーケティング上、彼女たちがいかに重要な存在かよく理解していた。きめ細やかな感性を持つ女性に好かれるクルマは、男性にとっても心地いい存在になるに違いないとも考えていた。だからこそファンシーDXの開発に積極的に取り組んだのである。
ファンシーDXのベースとなったのはブルーバードの上級モデルである1200DX。直列4気筒の1189ccユニット(55ps/8.8kgm)や前進3段のトランスミッションなど走りの機能にはまったく変更を加えていない。しかし、入念なユーザー調査に基づく数々の独自装備によって、新たな魅力を加えていた。ファンシーDXの専用装備は30アイテム以上もあり、まさに女性に最適なモデルに仕上げていた。当時のカタログでは「走る、あなたのチャーミングルーム。世界ではじめての試み」と表現していたが、まさに世界に先駆ける個性的なモデルといえた。
代表的な専用装備を説明しよう。エクステリアではまずフェンダーミラーが違う。通常の丸形形状ではなくお洒落な角形を採用していた。フォグランプ(白色バルブ仕様)も標準装備され、フロントウィンドウは外光を和らげるサンシェード付きだった。ボディカラーも専用のピンク系と、クリーム系という2種の2トーン塗装から選べた。ちなみにピンク系のボディカラーを選ぶと、タイヤのホワイトリボン部分がピンク系のカラーになった。
インテリアは、まさに女性が喜ぶアイテムが目白押し。助手席側のサンバイザーには化粧品入れが組み込まれ、その上部にはお化粧時に便利な明るいビューティーランプを装備していた。インパネ上部に配置したお買い物メモなどが書き込めるメモクリップや、ネックレスなどを置くのに最適な小物入れも専用アイテムで、インパネの助手席側にはハンドバックが収納できる専用アンダートレーも好評を博した。
各部の仕立てもお洒落な印象である。ステアリングホイールをはじめ、各スイッチ類の基調カラーはアイボリーホワイト。シートも2トーンカラーの専用生地となり、フロアカーペットも専用カラーの厚手のものを採用していた。機能性の面でも女性ユーザーを意識しており、アクセルペダルはハイヒールでも踏みやすいスリーパータイプの形状としていた。細かなところでは、ウインカーの作動音が専用のオルゴール音に変わっていた。
傘立てや、カーテン、コートハンガー、後席用ミニテーブルなども含め、ファンシーDXは、まさに女性に優しい装備の宝庫。モータリーゼーションの黎明期に、これだけの厳選装備を満載したクルマはなかった。女性ドライバーの絶対数が限られていただけに、ファンシーDXの販売台数はそれほど多くはなかった。
しかしファンシーDXがもたらしたブルーバードのイメージ向上は大きなものがあった。持ち前の走りのよさに加え、女性にも人気の高いモデルというイメージが定着したのだ。ファンシーDXの登場によって、ブルーバードはますます憧れの存在となったのである。
グレード=1200ファンシーDX
トランスミッション=3速MT(コラムシフト)
全長×全幅×全高=3915×1496×1470mm
ホイールベース=2280mm
トレッド=前1209/後1194mm
車重=900kg
エンジン=1189cc直4OHV(レギュラー仕様)
最高出力=55ps/4800rpm
最大トルク=8.8kgm/3600rpm
最高速度=120km/h
サスペンション=前ダブルウィッシュボーン/半楕円リーフ
ブレーキ=前後ドラム
タイヤ&ホイール=5.60-13-4P+スチール
駆動方式=FR
乗車定員=5名
最小回転半径=4.9m