【時代の証言_日本車黄金時代】1990年ホンダNSX(NA1型)、アウトバーンとニュルでポテンシャルをフルに解放 by 岡崎宏司

初代NSXは1989年2月のシカゴ・ショーでプロトタイプを公開。日本初のスーパースポーツとして1990年秋に発売された。NSXはドライビングに長けたひと握りのマニア向けだったスーパースポーツを革新。誰もが高性能を味わえる新たなハイパフォーマンス世界を実現する。軽量・強靭なオールアルミ製ボディを新開発し、珠玉の3リッター・V6DOHC24V・VTECをミッドに搭載。その圧倒的な速さと高度な信頼&日常性、入念な作り込みはポルシェやフェラーリに衝撃を与えた

初代NSXは1989年2月のシカゴ・ショーでプロトタイプを公開。日本初のスーパースポーツとして1990年秋に発売された。NSXはドライビングに長けたひと握りのマニア向けだったスーパースポーツを革新。誰もが高性能を味わえる新たなハイパフォーマンス世界を実現する。軽量・強靭なオールアルミ製ボディを新開発し、珠玉の3リッター・V6DOHC24V・VTECをミッドに搭載。その圧倒的な速さと高度な信頼&日常性、入念な作り込みはポルシェやフェラーリに衝撃を与えた

NSXは洗練のスーパースポーツ。フェラーリやポルシェに衝撃を与え、進化を促した

 ホンダのクルマには、どうしてもスポーツとか高性能といったイメージがつきまとう。それはそうだろう。オートバイの世界でもF1でも、頂点に君臨したメーカーといえばホンダをおいて他にはないのだから。ホンダはいつも、ボクたちに夢と憧れを持たせてくれた。

 いま、ようやく日本でも市民権を得たモータースポーツに、多くのファンが集まり、企業もバックアップしている。うれしいことだ。これも元をただせばホンダの蒔いた種が芽を吹いたものだ。見果てぬ夢だった「F1のシート」を現実のものにして、将来に大きく門を開いてくれたのも、もちろんホンダである。

 日本のファンだけではない。世界のファンが、ホンダの高性能スポーツカーに期待し、希望を抱いている。そんな世界中のホンダ・ファンに向けて送り出した新車がNSXである。NSXはアメリカでは1990年8月にデビューし、9月には日本でも登場する。ボクはひと足先に欧州仕様を、西独でテストドライブした。さっそく報告しよう。

カタログ01

 NSXの試乗の舞台はアウトバーンとニュルブルクリンクである。高性能車で走るには最高の、そして最も厳しいステージ設定だ。そのハードな状況でNSXは素晴らしい走りを見せつけた。

 ミッドシップに積んだエンジンは2977ccのV6DOHC24Vである。VTECを使い、NAながら274ps/7300rpmの最高出力と、29kgm/5400rpmの最大トルクを引き出している(ともに欧州仕様データ)。このエンジンは8000rpmまで難なく回る。放っておけば9000rpmでも苦もなく回ってしまいそうだ。しかも下は1500rpmで実用域に入る。4速ギアなら45km/hを滑らかにこなす、クラッチもとくに重くはない。ギアも軽い(ただし、スポーツカーとしてシフトフィーリングの面では物足りないが)。混雑した街で乗り回しても、まるで苦痛を感じない。

 速さは素晴らしい。ひと鞭当てるとNSXは270km/hのトップスピードに達し、0→100km/h加速を5.9秒で走り抜ける。これは、3.4リッターのフェラーリ348、3.6リッターのポルシェ911カレラ2あたりとほとんど遜色ないデータだ。NSXは3リッターなのだから、誇らしい性能である。

 唯一、ボクがNSXのエンジンに物足りなさを感じたのは、洗練度の高さゆえに、熱さがあまり感じ取れなかったこと。ボクとしては、たとえば低速トルクはもう少し痩せたとしても、よりピークの立った、強いメリハリのあるパワー、キャラクターがほしかった。

エンジン

 ATモデルも、実にいいチューニングだ。ATとのマッチングもいい。しかし、ホンダのスポーツカーとあれば、たとえATモデルでももっと何か「プラスα」を期待してしまう。ポルシェは911にティプトロニックという新しいコントロール方式を組み込んだATを与えた。できればホンダにはこれをしのぐ、明日のスポーツカーにふさわしい、新しくて、楽しくて、ホットなATを用意してもらいたかった。

 高度に洗練されたシャシーはスーパースポーツ新基準

 NSXは、動力性能はむろんいいが、それよりもシャシー性能の仕上がりに拍手を送りたい。とくに限界特性は、これまでのMR車のレベルを、はるかに超えた乗りやすさ、安全性を備えている。

 MR車というと、走りの絶対値は優れてはいても、その能力をフルに引き出すのは一部のドライバーの特権だった。MR車は限界領域の特性が厳しくナーバスである。それを我が物にできる腕のいいドライバーにとっては、最高の愉悦をもたらす、麻薬のような魅力がある。だが、この特性を制御しきれないドライバーにとっては、ひたすら恐怖の対象になる。ボクの敬愛する徳大寺有恒氏は、「スポーツカーとは血の匂いの感じられるクルマ」と表現している。けだし名言であると思う。
 そう、歴史に名を残したスポーツカーは、確かにみな血の匂いがした。そしてその危険な匂いに男たちは憧れ、魅かれ、征服することに大いなる快感を抱いたのである。

 しかし現代の、また未来のスポーツカーには、もはや血の匂いを求めるわけにはいかない。より安全で、より洗練された姿の中に、新しい刺激と、心の高鳴る香りを創出することが必要である。

リア

 繰り返すが、NSXには徳大寺氏のいうような生臭い血の匂いはない。NSXは優雅な女性の腕にゆだねてもたちまちなじむ、洗練されたクルマである。それでいながら、黒沢元治氏のような凄腕のドライバーの手にかかれば、ニュルブルクリンクを8分19秒で走り切る能力を発揮する。まさに現代のスポーツカーに求められている理想を、NSXは具現化しているといっていい。

 だからといって、このNSXの走りがパーフェクトといえるかというと、さすがに完璧な域には到達していない。前述したように、いくつかの物足りなさ、いまひとつ……といったところがある。

ハイアングル

 エンジンのフィーリングには、もうひとつ感性を刺激する熱さがほしい(できれば、ホンダF1と同じイメージの3.5リッター・V10くらいがほしかった)。また、シャシーにしても、より磨き上げてほしいところが残っている。たとえば、ヨー・ダンピングがそうだ。ジャンピングスポットなどでのスタビリティの問題や、前後の荷重配分(もう少し荷重を前寄りにしたい)もある。高速高Gコーナリングでの旋回姿勢では、リアが少々持ち上がりぎみになる。同じく、高速高G旋回で、やや切れ込むような挙動を示す点にも手を打ちたい。パワーステアリングのセッティングも少し見直したいと感じた。

グラッシーなキャビンの快適性は高いが、乗降にひと苦労

 ルックスはとてもスタイリッシュだ。MRスポーツの文法に忠実な仕上がりで、NSXにはモダンな香りもたっぷりとある。どこでも多くの視線の集中砲火を浴びる存在になることは、間違いない。ステアリングを握るオーナーとしては、大いにプライドを満足させることだろう。

 NSXはとても低いクルマだ。当然だが、乗降性はタイトである。とくに、サイドシル部は幅広いので乗り降りの場合、足の運びや腰の落ち着け方は、ポーズよくすんなり進むという具合にはいかない。かなり足の長い人でもそうなのである。この特徴は、つまりはスーパースポーツカーの勲章だといっていいこともかもしれない。

カタログimage

 だが、NSXは、これからのスーパースポーツカーを目指している。これまでのように、スーパースポーツカーは女性を寄せ付けないスパルタンなクルマ、というイメージとは路線を異にしている。NSXのコンセプトである「多くのドライバーに多くの喜びを与える、新時代のスポーツカー」というメッセージを考えると、この乗降性については、もうひとつ冴えたアイデアの工夫がほしい気がする。

 パワーステアリングとATを組み込んだモデルを選べば、NSXは女性オーナーにも扱える。きれいにマニキュアを施した細い指でも、華奢なハイヒールを履いた脚線美でも。NSXは決して拒絶はしない。が、彼女たちが優美にカッコよくNSXに乗り降りできるかというと、残念ながらこれはノーと答えざるを得ない。

 視界の作り方も、ボクには疑問だ。NSXの前方視界は非常にいい。まさにパノラミックだ。混雑する街や山岳路を走るとき。とても運転しやすい理由になる。ニュルブルクリンクを攻めたときも、車両感覚がよく掴めて走りやすかった。

室内

 しかし、アウトバーンでのハイスピードクルージングになると、ガラリと印象が変わった。あまりに前が見えすぎスピード感がものすごく高くなるのだ。とくにメータークラスターのない助手席側のスピード感は、かつて経験したことがないほどだった。必要以上の緊張感、神経の疲労を強いてくる。なにしろNSXは、すぐに200km/hを超え、ちょっと長いストレートだと250km/hさえ簡単にオーバーしてしまう。これだけの超高性能車には、視界やスピード感のあり方はもっと違っていてほしかったと思う。視界の良さはそのままでも、ダッシュボード回りのデザインやボリューム感の演出しだいで答えが違ったのではないか。ついでに、コクピットのデザインはもっとセクシーで華麗であってほしかった。

 今後に残る課題はあるが、とにかくNSXは素晴らしくモダンで洗練されたスポーツカーだ。海外でも高い評価を受けるだろう。きっとフェラーリやポルシェにまでもインパクトを与え、進化発展を促す効果を生むに違いない。
※CD誌/1990年9月26日号掲載)

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