一般的にモータースポーツ観戦は他のスポーツ観戦と比べると取っ付きにくいと思われがちだが、実際は多くの人がモータースポーツ観戦をさまざまな方法で楽しんでいる。自宅でTV/ネット中継などを見て楽しむのもありだが、リアルはもっと楽しい。
そこで今回、日本をはじめ世界のモータースポーツ取材を続けててきた筆者が、モータースポーツ観戦の初心者にお勧めしたいカテゴリーとして、スーパー耐久シリーズ(通称:S耐)を紹介する。
その名のとおり3~4名のドライバーによって長距離(時間)を走る耐久レースで、短いレースでも3~5時間、最長は24時間戦う。そのため、マシンは絶対的な速さだけでなく、信頼/耐久性、ピット作業や戦略を含めた総合力が勝敗の重要なカギとなる。
マシンはエンジン/車体共に大幅な改造が認められているスーパーGTに対して、出場クラスで改造範囲に差はあるものの、基本的には“量産車”をベースにレーシングカーに仕立てたマシンで争う。
クラス分けの多さと豊富な車種バリエーションもS耐の特徴で、排気量/駆動方式などで区分されるST1~ST5に加えて、FIA-GT3車両が対象のST-X、FIA-GT4車両が争うST-Z、世界ツーリングカー選手権(WTCC)の発展形となるTCR車両によって争われるST-TCRなど、国際規格に準じたマシンも参戦可能だ。
注目は2021年から自動車メーカーの開発車両が参戦可能なST-Qである。このクラスには現在、トヨタ/スバル/マツダ/日産(NISMO)/ホンダ(HRC)と主要自動車メーカーが参戦。水素エンジンを搭載したGRカローラ・スポーツを筆頭に、カーボンニュートラル燃料を使うGR86/スバルBRZ/日産フェアレディZ/ホンダシビックタイプR、バイオディーゼル燃料を使うマツダ3などが参戦。カーボンニュートラル時代に向けた“走る実験室”としても活用される。
ちなみにS耐のサイトには、「スーパー耐久の理念」が記載されているが、抜粋するとこのような内容である。
・環境に配慮しながらモータースポーツ社会の発展
・培ってきた知識・技術を自動車産業、モータースポーツマーケットに繋げる
・モータースポーツを次の時代に繋げる
発足当初はかなり高い目標だったと思うが、現在はこの理念に沿ったS耐になりつつある。2024年には、S耐の伝統を守りつつも、“未来”と“世界”に通ずるレースカテゴリーにするために新組織、STMO(スーパー耐久未来機構)が発足。理事長はモリゾウこと豊田章男氏が就任する。
そんなS耐は、これまで“参加して楽しむレース”として人気があったが、近年は“見て楽しむレース”にも力が入っている。
サーキットに行くとリアルにレースが観戦できる一方で、レース状況は実況頼みで……という難点があった。このあたりはデジタル技術をフル活用。各レースを無料でライブ中継するSuper Taikyu TVやSNS(Twitter/Facebookなど)を用いた発信、S耐のサイトにはレース中のラップタイムや順位が確認できるタイミングモニターや各クラスのマシン/乗車中のドライバーなどが簡単に検索できるS耐カードなどを用意。どれも無料という点がしい。
「レース観戦は高額」というイメージがあるかもしれないが、それもS耐は心配なし。サーキットによって若干異なるものの、観戦券(自由席)なら5000円前後で購入可能。前売りだとペア割引やファミリー割引などもあるので、リーズナブルに観戦できる。パドックパスやピットウォークパス、グリッドウォークパスも他のレースと比べるとかなり手ごろな設定だ。
ドライバーは国内外で活躍するプロドライバーからワンメイクレースからのステップアップ組、ジェントルマンドライバーまで多士済済。プロドライバーは他のカテゴリー出場時に比べてピリピリしていないので、サインや写真をお願いしやすい。金曜日の練習走行時は、いろいろな場所でフラッと会うチャンスも多いだろう。
「レースだけでは飽きる」と心配するファミリー層もいると思うが、それも大丈夫。S耐はレース以外のイベントも充実しており、車両展示(ニューモデル、競技車両・働くクルマなど)や物販(地元名産品/グッズ)、キッチンカーの出展、ステージイベント(ライブ&トークショー)などを実施。未来を知ることができるカーボンニュートラル科学館やRCカー体験など、大人から子供まで楽しめる内容だ。
S耐最大級の1戦、富士24時間耐久レースでは、サーキットのさまざまな場所でキャンプ(事前予約可能な場所もあるが、基本は予約なしで自由)やBBQが楽しめる。夜間の時間帯には打ち上げ花火も上がるなど、レースを中心とした祭典といっていい。
実はこれが、レース観戦初心者にとって大事な点だ。レースをキッカケに各々のスタイルに合わせたアクティビティを楽しむのである。レースを真剣に見るときもある、でもそれ以外を楽しむときもある。言葉を濁さずにいえば「レースを楽しむには、レースを一生懸命見ない」ほうがいい。
筆者はそのような楽しみ方ができる人が増えることこそが、モータースポーツが文化になる秘訣だと信じている。