クルマの価値には様々な側面がある。社会的な意義を持っていること、趣味の対象としての魅力、あるいは資産的な意味でのそれだって人によっては無視できないところかもしれない。
よって自分にとって価値あるクルマというのを一言で表現するのは簡単ではない。完全に個人的な話でいいならば、走りが楽しく他に置き換えの利かない存在となるが、そんな話をここでしても……と、アレコレ考えているうちに浮かんだのはホンダ・シビック e:HEVだった。
シビックe:HEVは、まず走りが楽しい。主に発電に徹する直列4気筒2リッターエンジンはクランクシャフトの高剛性化をはじめとする振動、騒音対策によって雑味のないサウンド、スムーズで芯のある吹け上がりを楽しませてくれる。そして制御の方でも、ステップシフト風の味付けのおかげでエンジンの回転上昇と速度の伸びがうまくリンクした、クルマと一体となった心地良い加速感を味わえる。
フットワークの躾も上々だ。そもそも高いボディ剛性を土台に、しなやかに動くサスペンションが与えられている新型シビック。e:HEVになって車重は増加しているが、それをうまく活かして上質なスポーティさを実現しているのである。
肝心な燃費だって良好である。WLTCモードで24.2km/リッターという数字は飛び抜けて素晴らしいとまでは言わないものの、この走りの楽しさからすると十分以上に納得できるものだと言えるだろう。
しかもシビックは、実に見目麗しい。デコラティヴだった先代も正直言って嫌いではなかったが、新型はディテールはすっきりまとめられていてオトナっぽく間口は広い。見れば見るほど、いいねぇと唸らされてしまう。
シンプルだけど退屈ではないのは、ボンネット高が下げられ、Aピラーが手前に引かれ、ルーフもやはり低められた上にフェンダーの爪折りでトレッドを拡大するなど、基本となるプロポーションに磨きをかけているから。とくにフードが長く見えるおかげだと思うが、遠目には良い意味でサイズ感が分からない、まさにクラスレスな雰囲気を醸し出している。さらに言えば、ルーフとアウターパネルの継ぎ目をレーザー溶接できれいに処理するなど、丁寧な作り込みも、シンプルさを美しさに昇華させているポイントだ。
もちろんパッケージングにも不満を抱く余地は無い。大人5人がしっかり乗れて、荷物もたっぷりと飲み込んでくれる。ひとりでもふたりでも、家族とでも大荷物でも、活躍する場面を選ぶことはない。
そんな具合でシビックe:HEVは、走りの楽しさという趣味的な、いやクルマとしての根源的な価値に加えて、優れた燃費という社会的あるいは経済的価値、美しいデザインがもたらす審美的価値、更には懐深い使い勝手という機能的価値……と、クルマが持ち得る様々な価値を高い次元で1台に融合させている。そのトータルのパッケージングこそが他にはない大きな価値となっているのが、シビックe:HEVというクルマだと思うのだ。
しましたやすひさ/1972年、神奈川県生まれ。自動車専門誌契約スタッフを経てフリーランスに。走行性能だけでなく環境・安全やブランド性など、クルマに関するあらゆる社会事象が守備範囲。講演活動も積極的に行う。AJAJ会員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
本誌執筆陣9名のジャーナリストが考える「価値あるクルマ」とは?