価値あるクルマとは何か。そもそも人生の価値観も人それぞれなら、クルマへの期待も十人十色。正解はない。筆者の場合、小さい頃からクルマにどっぷりと浸かってきたので、それはもう生きがいのような存在に近い。おそらく多くのクルマ好きがそうだと思う。
筆者にとって価値あるクルマの条件とは、運転することそのものが流行りのフレーズで言うところの「ウェルビーイング」な状態になること、だ。いや、場合によっては見ているだけでも幸せになれる、運転席に座ってハンドルに触れ計器類を眺めつつスタートする前から幸福感に包まれる。ドライブして目的地に着いても離れ難く、ロックをした後もついつい振り返って見てしまう。そんなクルマならもう最高である。
それゆえどうしても欲しいクルマを過去に求めてしまいがち(だって歴史を振り返ることだから選択肢も多くなって当然だ)。最近じゃ英国の古いスポーツカーにゾッコンだ。ロータスとかMGとか。
日々仕事で触れる新しいクルマにも筆者の価値観にマッチするモデルが少なからず存在する。なかでも今現在、最も真剣に欲しいと思っているクルマといえばアルピナBMWのB3。マイナーチェンジ後のモデルには未試乗ながら、外観の小変更とヒューマンインタフェースの進化が改良点だから、乗り味そのものは変わっていないはず。だとすれば引き続き、後期モデルも欲しい筆頭のモデルであり続ける。
B3の何がそれほど良いか。動き出した瞬間から高速ドライブまで、タイヤの転がり方がとてつもなく気持ちいいのだ。クルマなんてものは所詮、タイヤ4つで道の上を転がっている物体である。乗ってしまえば、それ以降の魅力のすべてはタイヤ&ホイールを接点に路面との繋がりから生まれる。その、タイヤの転がり方そのものが無類の気持ちよさを提供してくれたなら?それはもう最高に決まっているというものだろう。
もちろん、エンジンフィールもいいしインテリア質感も悪くない。けれど、それらに優ってライドフィールが心地よい。ロールスロイスが3シリーズを作ったような乗り味である。逆にB3がここまで素晴らしいとB5やB7を駆る必要がないと思ってしまうほどなのだ。もちろん、5や7には3を遥かに超えたステータス性があるのだけれど、そういうものさえ要らないと思えてしまうほどに、B3の運転心地は素晴らしい。
そのほか、最新のスーパーカーではフェラーリ296シリーズやマクラーレン・アルトゥーラといったプラグインハイブリッド勢に目が向く。早朝の住宅街を無音で出発できる魅力は何ものにも替え難い。山の中でひとり悦に入るというならともかく、街中で爆音を轟かせる暴走族行為はもう慎むべきだろう。エンジンのサウンドやフィールが魅力であったスーパーカーでさえ、電気モーターの走りを必要とする時代になっている。
国産車では日産サクラが気に入っている。軽自動車離れしたドライブ質感もさることながら、現代におけるBEVの本質を理解して作られた初めての量産車であると思っているからだ。
にしかわじゅん/奈良県生まれ。クルマを歴史、文化面から技術面まで俯瞰して眺めることを理想とする自動車ライター。大学では精密機械工学部を専攻。輸入車やクラシックカーなど趣味の領域が得意ジャンル。AJAJ会員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
本誌執筆陣9名のジャーナリストが考える「価値あるクルマ」とは?