今回、編集部から与えられたお題である「価値あるクルマの条件」。これを一般論として答えるのは非常に難しい。なぜなら、パフォーマンスを求める人、ユーティリティを求める人、経済性を求める人、コストパフォーマンスを求める人……などなど、クルマに求める価値はユーザーにより異なるからだ。
ただ、年間数百台のクルマを試乗している筆者が大切にしているポイントを、あえて言うと大きく3つ。「目的が明確である事」、「作り手の魂を強く感じる事」、そして「欠点を忘れるくらいの魅力がある事」である。
ボクの仕事は「クルマの評価」だが、機械としての良し悪しだけを判断するなら機械を用いたほうが正確だと思う。なぜなら、私は良否判定機ではないからだ。ただ、クルマは人間が操作する以上は人間を中心に評価をしなければ、見えてこない物もたくさんある。
「このクルマ、何か安心」
「このクルマ、何か楽しい」
「このクルマ、何か良い」
非常に曖昧な表現で申し訳ないが、読者の皆さんもそんな経験をした事があると思う。その「何か」を文字するのが我々の仕事でもある。それは絶対的な性能だけでなく、過渡の領域の性能、更に数値や計測ではなかなか表れてこない感覚的な部分などが挙げられる。ボクはそこまで含めての評価を心がけている。ちなみにそんな「何か」を実現させるために、各自動車メーカーには評価ドライバーが存在し、それを追求している。
トヨタの豊田章男社長は「クルマは愛が付く唯一の工業製品」と語るが、筆者もその通りだと思っている。実際にステアリングを握るとクルマから人間の如く何かを訴えてくるし、操作に対するフィードバックも返してくれる。これが「人とクルマの対話」だ。その対話が濃密なほうが一体になりやすい。その一つの究極がマツダの提唱する「人馬一体」だろう。
ここからは筆者の考える「価値あるクルマ」を紹介したいと思う。様々なジャンルにそのようなクルマは存在するが、今回は1台に絞らせてもらう。そのモデルは「GRヤリス」だ。
筆者は直感的な「パフォーマンス」はもちろんだが、トヨタの「志」にも大きな価値あると考えている。その志とは、大きく分けると「勝つためにイチから作ったスポーツカー」と「トヨタのクルマづくりを大きく変える存在」の2点だ。
開発の指示を出したのは豊田社長自身。彼がニュルブルクリンクで中古のスープラで運転訓練を行なっていた時、他メーカーの開発車両が抜き去る際に「トヨタさんにはこんなクルマ出せないでしょ?」と言う声が聞こえたそうだ。その時の“悔しさ”がこのクルマの開発を後押ししたという。
実際に開発メンバーに話を聞くと、トヨタのルール/基準を超えた設計、データとドライバーのコメントを紐づけしたテスト方法、その場で直してすぐに乗ると言うスピード感、プロドライバーの積極的な起用、最後の最後までカイゼンの手を止めないしつこさ……などなど、従来のトヨタの常識を覆す手法が取られたそうだ。
これはトヨタ自身が「トヨタは本当にこのままでいいのか?」と言う問題定義を、モノづくりを通じて解決した一つの例だ。その結果、世界の多くのユーザーから高い評価・支持を得ているのは、言うまでもないだろう。
そんな経緯を知れば知るほど、「自分が買わずに誰が買う!!」と思い、2年前に後先考えずに購入した。今でもその時の判断は間違っていなかったと確信している。
やまもとしんや/静岡県生まれ。自動車メーカー商品開発、チューニングメーカーの開発を経てモータージャーナリストに転身。「造り手」と「使い手」の気持ちを伝えることをモットーに「自動車研究家」を名乗る。AJAJ会員、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
本誌執筆陣9名のジャーナリストが考える「価値あるクルマ」とは?