現在、欧州の自動車メーカーは、BEV(バッテリー式電気自動車)開発に突き進んでいるように見える。この状況を理解するには、欧州委員会(EC)という存在を知る必要がある。
ECは欧州連合(EU)の政策執行機関という位置付けの組織だ。ECはEUに加盟している1つの国から1人ずつ委員が参加し、27名の委員による合議制で法案の提出や決定事項の実施など、EUの行財政運営を担っている。
ここがかなりの曲者で、CO₂排出の厳しい規制や内燃機関の禁止など国の法律を超えた規制をしようとしている。
ECの何が問題かというと、実現できそうもない政策でも、EU各国に網を被せるように一律に規制しようすることだ。
2021年から施行された「各自動車メーカーのCO2排出を平均で95g/kmにする」法律もECによるものだ。
これを達成できない場合には「1g当たり95ユーロ(約1万3000円)の罰金を生産台数分払わなくてはならない」という厳しい内容。何百万台も製造するメーカーでは多額の罰金を払わなくてはならなくなり、みな必死でBEVやPHEV開発に走った。
1リッターのガソリンエンジンを搭載するコンパクトカーでも110g/kmくらいだから、0g/km換算のBEVや50g/kmくらいのPHEVをたくさん作らないと達成できない。それでも現実に達成することは難しかった。
調査会社JATOの発表によれば、2020年のメーカー別平均CO2排出量は、トヨタが97.5g/kmで最小、PSA(プジョー、シトロエンなど)が97.8g/㎞で2位。100g以下はこの2社だけで、トップ2でも95g/km規制はクリアできなかった。
実はその前に、ECは日本があまり得意としないディーゼルエンジンに振ろうとした。燃費のいいディーゼルは、CO2排出が少なくなるからだ。
ところがドイツ各社による排出ガス測定値の偽装が発覚。一気にディーゼルのイメージダウンが世界中に広まり、ディーゼルの灯りが消えてしまった。
そこでEC案として出てきたのが日本での販売台数が少なく、不得意分野に見えたBEVだった。ICE(内燃機関)を締め出してBEVに走れば、EUは日本に勝てるという目論見だ。
ECの本音は、「日本叩きがしたい」としか思えない。これが曲者だという理由だ。そんな背景でEUメーカーはECの方針に従ってBEVに突っ走っている。
ところで、フランスの電源構成は原発が67%、自然エネルギーが24%、化石燃料(石炭、石油、ガス)が9%(2021年、自然エネルギー財団の統計データ、以下同)である。90%がCO₂を排出せずに発電した電気だ。
ドイツは原発12%、自然42%、化石45%。
イタリアは原発0%、自然42%、化石57%。
英国は原発14%、自然42%、化石42%である。
火力発電所でCO₂を排出して発電した電気でBEVを走らるケースと、ICE(内燃機関)をウェル・トゥ・ホイール(石油の採掘段階から走行段階までに排出されるCO₂の総量、WTW)で比べると、BEVが不利になるいう計算もある。
でも、いまはそんなことをいっているヒマはない。どんどんBEVに向かわなくては、というメーカー・ブランドが増えている。
ボルボ、ジャガー/ランドローバー、DS、メルセデス・ベンツ、アウディ、ベントレー、ロールス・ロイス、MINIは将来100%BEVにすることを宣言した。
しかしこれらのメーカーの年間生産台数の規模は大きくない。ボルボは約70万台、ジャガー/ランドローバーは42万台、MINIは30万台、DSは6万台、台数の多い高級車のメルセデス・ベンツでも200万台、アウディは170万台、超高級車のベントレーは1.5万台、ロールスロイスは1万台に届かない。
日本でもホンダの社長が記者会見でBEVのメーカーになると宣言し(その後の質疑応答で100%ではないといったが)、レクサスは2030年までにグローバルで100万台(このときトヨタ・ブランドは250万台)のBEVを生産し、2035年レクサスはグローバルでBEV100%を「目指す」と宣言している。 BEVの個性演出はブランドごとに特徴がある 。
ICEより個性を出しにくいBEVを、CI(コーポレートアイデンティティ)を大事にする欧州ブランドはどのように味付けしているのだろうか。
メインブランドとは別にBEVブランドを立ち上げ、大切に育てていこうとしているメーカーもある。
メルセデス・ベンツはEQから始まるネーミングでBEVだと主張する。
サイズはA、B、C、E、Sの記号でICEモデル同様のフルラインで用意している。シートベルトを装着して、ブレーキペダルを踏みながらパワースイッチを押し、ハンドル右側にあるセレクターレバーをDレンジに入れて、アクセルを踏んで走る。
ICEから乗り換えても何も変わらずに、慣れた操作で運転できる。BEVに乗り換えて、違和感に戸惑う心配はない。
それに対してフォルクスワーゲンのID.4は、21世紀のBEVだ!と主張しているようだ。
まずパワーON/OFFスイッチがない。乗り込んでシートベルトをすれば出発準備完了だ。
Dレンジに入れて(さすがに前進か後退かは指示が必要)、アクセルを踏むだけ。ICEとはまったく異なる操作方法である。
テスラからの刺激を受けたのか、ボルボもほぼ同じで、降りるときにはシートベルトを外してドアを開ければPレンジに入り、パワーOFFになって自動的に完了する。
BMWはここまで割り切ってはいないが、アプリ操作で色々なことができる。
ライプツィッヒ工場で生産されるiブランドは製造工程からカーボンニュートラルを目指しているのが特徴。
アウディeトロンGTやポルシェ・タイカンは、BEVならではのF1並みの目眩がしそうな加速を体験できる。モーターの特色を強く打ち出し、高性能をわかりやく演出する。
プジョー、シトロエン、フィアットはコンパクト系のBEVを用意している。
ICEと共通のボディを用いて、BEVということをとくに強調はしていない。まだ模索している段階で、これからインパクトがあるモデルが出てきそうだ。
カーメーカーがどう考えようが、BEVのよさを理解した人はすでにBEVのファンになっている。一種の新しもの好きかもしれないが、新しい自動車の楽しみ方をつかんだ人たちだ。
BEVのメリットは極低速から力強いトルクを発揮でき、アクセルペダルを踏み込めばタイムラグなくすぐに反応する。
スピードを上げていっても遠くでモーターとインバーターの音が聞こえるくらいで、車内は静けさを保てる。オーディオを楽しむ空間としてもいいので、BEVもオプションで高級なオーディオを用意しているが、その満足度はより高くなる。
満充電からの航続距離はバッテリーの搭載量で決まるが、ゲルマン系のメーカーは大容量バッテリーを搭載、必要なら大電流で短時間充電を可能にする方法が主流である。
それだけボディも大きくなる。メルセデス・ベンツ、アウディ、ポルシェ、BMWがこの傾向だ。
一方、イタリア、フランスのラテン系はクルマのサイズもバッテリーも小さめで、どちらかというと市街地走行に向いている。バッテリー容量が小さいから、短時間で充電が完了する。フィアット、プジョー、DSなどがこちらになる。この対比は興味深い。
今後もBEVの販売台数はもっと増えていくが、ある程度までだ。ECが頑張っても、ICEがなくなることはないだろう。
・メルセデス・ベンツ(EQシリーズ)
BEV専用ブランドのメルセデスEQを展開。専用プラットフォームを開発して、航続距離の長いモデルを提供。EQに続くS、C、Aなどの記号が内燃機関モデルと同じ「セグメント区分」を表す
・BMW(iシリーズ)
BEV専用ブランドのiシリーズを開発。専用プラットフォームを持つ車両(iX)と、内燃機関とプラットフォームを共有するモデル(i4など)をラインアップ
・VW(ID.シリーズ)
ID.シリーズはBEV専用プラットフォームで開発されたモデル。ID.4は生産工場の段階からCO2排出に配慮し、カーボンニュートラルで作られている
・アウディ
e-tronが付くモデルは、すべてBEVである。e-tronは車名そのもとしたモデルがあるが、Q4・e-tronのようにグレードの一部のようにも使われる場合もある
・ボルボ
XC40は48Vマイルドハイブリッドをラインアップするが、「リチャージ」が付くモデルはBEVとなる。ただし、XC60リチャージはPHEVである。同じリチャージでも使っている技術が異なる
・ステランティス
フィアット/プジョー/シトロエンなどは、BEVの車名やグレードの一部に電気を意味するe/Eなどの記号を付けて区分している。フィアット500eはBEV専用プラットフォームで開発された
・トヨタ/レクサス
bZシリーズはBEV専用モデルの位置付けと明らかにされている。レクサスはUXのBEVを300eとした。ICEのUXシリーズとは異なるネーミング方法である
・ポルシェ
ポルシェはBEVを特別のラインアップとしてはネーミングしていない。タイカンはポルシェ・ブランドの中の1台であり、車名からはBEVかどうか判断できない。最強グレードは「ターボ」と命名されている
・日産
日産リーフ、アリア、サクラはモデル名を見ただけではBEVなのかどうかはわからない。リーフとサクラはグレード名にも電気関連の表示がない。アリアはe-4ORCEのグレード名がモーター駆動の4WD技術を示す