フィアット500_価格:262〜344万円/パンダ_価格:289万円 試乗記
私のガレージには今、現行型のパンダクロス4×4と1970年式のヌォーバ500(チンクェチェント)という2台のフィアットが並んで収まっている。パンダは黄色、チンクは金色。何やらとてもおめでたい。
パンダを選んだ理由は、デザインが気に入ったこともあったが、小型のSUVでマニュアルトランスミッションがほしかったことが大きい。実はジムニーシエラからの乗り換えだった。
乗ってみて驚いた。これが想像していた以上によくできていて、街乗りから中距離ドライブまでオールマイティにこなす。なかでもシャシーがいい。動きがしなやかで、乗り心地がよく、それでいてドライバーの意志に忠実だ。ツインエア(2気筒)のエンジン音はポロポロポロと頼りないけれど、実用的な性能としては十二分で、街中では決して遅くない。さらに気に入ったのは高速走行時の安定感。背の高い小さなクルマとは思えない走りを見せる。MTが6速まであるのもうれしい。燃費も高速なら20km/リッターに届く。
このあたりの美点はプラットフォームを共有する500(ファイブハンドレット)にも共通する。500が帰ってきたのは2007年、生誕50周年のことだった。いまでも鮮明に覚えているけれど、トリノのポー川で開催されたワールドプレミアには世界中から何千人もの人々が駆けつけ、街をあげてそのデビューを祝った。昔のチンクェチェントを彷彿とさせる愛くるしいデザインはたちまち人々を魅了し、以来、大ロングセラーとなった。
駆動方式は昔のRR方式ではなくコンベンショナルなFFとなり、ボディサイズもずいぶんと大きくなった。だが、現代の標準からすればそれでも十分にコンパクトで、イタリアの街や日本の道路環境にもってこいのパーソナルカーである。
イタリアをドライブしていると、クルマに求める3つの重要な条件を思いつく。ひとつはサイズ。古い街並みは道幅が狭く、そのうえ、両脇を路上駐車の列が埋めている。そんな中を場合によっては対向しなければならないのだから、クルマなんてものはできるだけ小さい方がいい。
けれども一度集落を抜けたなら、そこは快活に走りたくなるようなカントリーロードである。なだらかな丘陵、ワインになるのだろうか周囲に広がる葡萄畑、山岳都市を見上げるようにして交通量の少ない道が続く。運転の楽しいクルマでないと実にもったいない。
そして、アウトストラーダ(高速道路)での巡航だ。彼の地の制限速度は130km/hであることが多い。けれども、追越車線の平均車速はずっと速い。ドイツ車がわが物顔でカッ飛んでいく。そんな状況でもストレスなくクルージングできる基礎体力が必要で、たとえコンパクトカーであっても高速走行時の安定感が求められるのだ。
つまり、小さくて運転が楽しくて高速安定感のあるクルマが必要だ。フィアットは昔からそのことを知っている。500の復活に際しては、そのあたりを綿密に設計したのだろう。21世紀のチンクェチェントは基礎体力の高い優秀な実用車だった。だからこそ、これほどまでにベスト&ロングセラーになったのだ。
そんな基礎体力の高さに加えて、500の魅力といえばやはりファッションセンスだ。もちろん、こちらもまた基本のデザインがよかった。エクステリアはもちろん、インテリアの隅々までデザイナーの目が行き届いている。決して高価なマテリアルを使っているわけではない。インテリアなどはむしろ全面的にプラスチックに頼っている。けれどもそれをデザインの力でチープに見えないよう仕上げた。カラーや質感など見栄えがとてもいい。そのうえ洒落た仕様がさまざま存在する。以前にリリースされたグッチ仕様などはその際たるものだろう。
500のパワートレーンは2種類。4気筒か2気筒で、イタリア車らしく3ペダルマニュアルを組み合わせることもできた。最もお勧めは2気筒のマニュアル。変速操作を駆使してスムーズに走らせる楽しみは、ヌォーバ・チンクに通じるものがある。気楽な街乗り仕様なら4気筒の2ペダルもいいだろう。
ボディタイプは2種類。ソフトトップがロールアップするC(カブリオレ)がオシャレ。ソフトトップといっても頑丈なので、盗難や悪戯などにさほど神経質になる必要はない。日常的には閉じてクーペのように使い、天気のいい日には日光を浴びながら、風を感じながらのドライブを楽しめるメリットは何事にも変え難い。これから乗ってみるというなら、イタリアへと続く空を楽しめる500Cがお勧めだ。
バリエーションとして、アバルト595/695シリーズも忘れてはいけない。エンジン音は猛々しく、ステアフィールは硬派でとてもホットなコンパクトスポーツだ。とにかく運転することが楽しくなる。これからの時代を楽しむというのなら、電気自動車のフィアット&アバルト500eも面白いだろう。
ガソリンエンジンの500やパンダはそろそろ生産を終えるという噂もしきり。パンダの次世代モデルに関しては、やはり少し大きくなるようだ。いずれにしても、これほどまでに完成度の高いエンジン付きスモールカーを楽しむチャンスは残り少なくなってきた。
グレード=500Cツインエア
価格=5SAT 344万円
全長×全幅×全高=3570×1625×1505mm
ホイールベース=2300mm
車重=1050kg
エンジン(プレミアム仕様)=875cc直2DOHC8Vターボ
エンジン最高出力=63kW(85ps)/5500rpm(ECO時:57kW(77ps)/5500rpm)
エンジン最大トルク=145Nm(14.8kgm)/1900rpm(ECO時:100Nm(10.2kgm)/2000rpm)
WLTCモード燃費=19.2km/リッター(燃料タンク容量35リッター)
(市街地/郊外/高速道路:14.4/19.7/22.0 m/リッター)
サスペンション=フロント:ストラット/リア:トーションビーム
ブレーキ=フロント:ディスク/リア:ドラム
タイヤ&ホイール=185/55R17+アルミ
駆動方式=FF
乗車定員=4名
最小回転半径=4.7m