クルマの「楽しさ」は、ヒト側の感受性とクルマ側の性能や仕様との共同作業によって生み出される。運転する側と車両側のコラボレーションという意味では、世間でいう「ダンスパートナー」という表現とは少し違う気がする。楽しいと感じることができるのは、いわずもがな、片方のみだからだ。あくまでもドライバーの能力と感性が相方の性能を引き出して、「楽しさ」を生み出していく。だからこそドライブの楽しみは千差万別。クルマは面白いのである。
とはいえ、クルマの側にもヒトを喜ばせる工夫がそれなりに必要である。スポーツカーなどは実用性の一部もしくは大半を犠牲にしてカタチと性能をファンな方向へと導くことで成立している。もちろん免許を取得して初めて運転した親父の平凡なセダンだって楽しかった。けれど、それは経験値の少なさによるものでしかなかった。古代よりヒトは道具に習熟することで互いを進化させてきたといっていい。
クルマを運転すること自体に喜びを見出したヒトは、経験を積み技量を高めるほどクルマにも相応の工夫を求めるようになった。運転好きにとっての「いいクルマづくり」だ。「楽しさ」の感じ方はさまざまだけれども、世界にはターゲットゾーンが広く、多くの人が憧れる、しかも一貫して工夫を重ねてきたモデルが存在する。
ポルシェ911はその最たる例だ。
何といっても1963年の誕生以来、その基本的なレイアウトを変えていない。60年もの長きにわたって世界中の人々を喜ばせてきたことの何よりの証明である。誕生以来、名前と基本コンセプトを変えずにいまなお新車を作り続けているスポーツカーなど他にない(少し前までアメリカにシボレー・コルベットがあったが現行モデルで大転換を果たした)。
911に運転する喜びを与え続けてきたのはユニークな基本コンセプトである。すなわち「RRレイアウト/フラット6エンジン/2+2キャビン」というパッケージだ。
911は高性能スポーツカーの代名詞だ。けれどもRRレイアウトがスポーツドライブの理に適ったものであったかどうかについては議論の余地がある。もっと適したレイアウト、たとえばリアミドシップ・リア駆動(MR)など、を挙げることもできるからだ。
なぜ911は、世界中のクルマ好きが憧れるスポーツカーの代表になり得たのか?
理由をひとつに絞ることはできない。けれども回答にはたどり着く。やはりRRの2+2だ。決してスポーツカーとして最適とはいえないRRと2+2いうレイアウトと戦い、進化させ、今日まで継続してきた。だからこそデザインは保たれ、性能のユニークさも担保された。その結果、唯一無二の存在になったのだ。
歴史によって育まれた個性ゆえ、誕生直後のナローと最新の992型を乗り比べると、そこに特別な時間が滞留しているかのような共通性を感じ取ることができる。ボディサイズがあんなにも違っているにもかかわらずだ。最新のテクノロジーに包まれている992型もまた見事に911であり、乗れば「ああ、911だ」と心が躍る。歴史が浮き上がってくる。
難しく考えなくてもいい。まずは最新モデル、それも余計な思索から解放してくれるオープンモデルのカブリオレに乗ってみてほしい。そこにはクルマを運転することの楽しさのほとんどすべてがある。
ソフトトップを閉じて走っていると、快適さはクーペと変わらず、パフォーマンスの感じ方もソリッドである。911の風味を濃厚に感じる。だが、そうすると冒頭から記してきた難しい「911論「を考えてしまいがちになる。
せっかくカブリオレを選んだのだ。頭と心を解き放ち、911というスポーツカーを堪能しようではないか。トップを開けよう!
オープンカーは間違いなくドライブの楽しさを一段高みへと引き上げてくれる。風を、光を、空を感じながらのドライブはいつだって心が躍る。爽快であると同時にスリリングでもある。どんなモデルでもそのルーフが開いてくれるのなら、胸躍るドライブになることは間違いない。
それが憧れの911であればなおさら、というかこれ以上は望めない愉快なひとときになる。
ルーフを開放しても、頑丈なフロアフィールはまるで揺るがない。足回りはドライバーの思いどおりにしっかりと動く。風を浴びているぶん、ステアリングホイールを切ったときの、右足を踏み込んだときの、それぞれの反応がよりリニアに感じることができる。空気の流れの中をクルマと一体となって泳いでいるようにドライブする。その感覚がたまらない。そして、何よりうれしい。
さらにいまのうちに全身で味わっておこうと思うのが、フラット6の咆哮である。ダイレクトに体に響く伝統の味わいは格別。力強さ、路面を蹴る感触、さらにサウンドに魅了される。その響きに後押しされて両手両足を動かし、思いどおりに操る。それがドライビングの醍醐味というものである。911を全身で味わうことほど、素晴らしいひと時はない。
モデル=911カレラ・カブリオレ
価格=8DCT 1845万円
全長×全幅×全高=4519×1852×1297mm
ホイールベース=2450mm
トレッド=フロント:1570/リア:1580mm
重量(DIN)=1575kg
エンジン(プレミアム仕様)=2981cc水平対向6DOHC24Vターボ
エンジン最高出力=283kW(385ps)/6500rpm
エンジン最大トルク=450Nm/1950〜5000rpm
サスペンション=フロント:ダブルウィッシュボーン/リア:マルチリンク
ブレーキ=前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ=フロント:235/40ZR19/リア:295/35ZR20
駆動方式=RR
乗車定員=4名
最小回転半径=5.6m
0→100km/h加速=4.4秒
最高速度=291km/h