フェラーリのラインアップは豊富だ。中にはその「序列」を気にするスポーツカー好きがいるかもしれない。でも序列という考え方はフェラーリにはそぐわない。エンジンを前に積もうが後ろに積もうが、シリンダーの数が12本でも8本でも6本でも、それぞれがピナクル(pinacle=頂点)に仕上がっている。
フェラーリ296GTB/GTSのプレゼンテーションをイタリアで聞いて、改めてそのことを実感した。296に注がれる彼らの情熱は素晴らしい。たとえばこのV6ツインターボ。どの回転域からも加速するパワーの出方は刺激的で、アクセルを踏むのが楽しくなる。ピークトルクを高回転域に設定し、そこまでのプロセスにドラマを演出する感覚だ。オープンのGTSに乗るとわかるが、エンジンサウンドがそれをサポートする。後ろから聴こえる「エンジン音+排気音」に思わず「官能的!」と喝采を叫びたくなる。
そのサウンドだが、開発陣曰く自然吸気12気筒エンジンの音を参考にしたそうだ。彼らはこのエンジンに「The little 12」と愛称をつけ開発に十分な時間を費やした。フェラーリのエンジン音が特別といわれる背景には、開発陣の尋常ではない努力がある。
ついでにいうと、屋根もそうだ。通常のカーメーカーであればクローズドボディとオープン(=スパイダー)を同時に開発し、「屋根開き」を派生モデルとして位置付ける。要するに両車は基本的に同じクルマという考え方、それぞれに固有のオリジナリティはない。が、フェラーリは違う。クーペとスパイダーを単なる屋根の開くクルマとは考えてはいない。まったくの別物として定義する。スタイリングからして細部まで手を加えて、別物として成立させる徹底ぶりだ。
それができるのはフェラーリが少数生産メーカーだから。1台ずつ時間とお金をかけ丁寧に設計、開発、そして生産している。結果それぞれのモデルが最高のアイデアと技術で生み出されるのだ。
フェラーリを手にすることは、最高のクルマを我がものにするのと同義。そしてそれはどのモデルでも変わりはない。そこにヒエラルキーはないのだ。どのモデルを選ぶかは、ユーザーの好みで選択すればいい。まぁ、そうはいってもお財布事情もあるだろうし、台数が限られていて実際に手に入らないモデルも少なくない。が、逆にいえば、どのモデルでもクルマ好きを心底魅了する逸材揃いである。スタイリング、エンジン音、走り、操作フィーリングにやられてしまうだろう。それが「フェラーリマジック」。フェラーリは、触れるだけで世界中のカーガイを幸せな気分にする「魔法」を持っている。
296シリーズは、フェラーリが、次世代を切り開くために送り出した意欲作だ。2019年に登場したSF90に次ぐ2番目のPHEVであり、F1で使われているMGU-K(モーター・ジェネレーター・ユニット・キネティック)に由来するハイブリッドシステムを搭載する。外部電源から充電できる機構を備え、最大で25kmのEV走行を可能とした。
296というネーミングは、フェラーリ伝統の命名法、エンジン排気量と気筒数の組み合わせである。実際には3リッターに限りなく近いが、2.9リッターの6気筒エンジンを搭載していることを意味する。なお、296シリーズは、フェラーリ・ブランドのロードカーとして初めてV6エンジンが搭載されたモデルだ。
今回、296シリーズのクーペ、296GTBとスパイダーの296GTSで都内から箱根までツーリングした。
EV走行を可能にした恩恵で早朝スタートでもご近所に気兼ねなく出発できるのがうれしい。EVモードでもモーター単体の最高出力は167ps、最大トルクは315Nmあるのでけっこう速い。バッテリー残量がある限りEV走行のまま高速域まで巡行できる。
25kmというEV走行距離を十分と思うか短いと思うかは人それぞれ。個人的にはフェラーリで25kmもゼロエミッションで走れて、ストレスなくEV走行できるのは素晴らしいと感じた。
PHEVの296シリーズは、走りを統合制御するマネッティーノと呼ぶ電制デバイスに加えて、ステアリング左手側にパワーシステムのモード選択を備えている。eマネッティーノと命名されたタッチセンサー式コントローラーである。モードは4種。モーターで走るEVモード、エンジンとモーターを効率よく使い分けるハイブリッドモード、エンジンをつねに稼働して充電しながら走るパフォーマンスモード、エンジンとモーターをフルに走りに使うクオリファイモードである。
また、最大限に動力性能とトラクションを引き出して猛烈にスタートダッシュするローンチコントロールのスイッチも配されている。
296シリーズは、走り系の走行モードの選択肢が充実していて、いかにもフェラーリらしい。しかもフェラーリ・ブランド初のV6エンジンが非常に印象的だ。速さはかつてのV8モデルと同等かそれ以上。強力にブーストされて、伸びやかな加速がトップエンドまで勢いが衰えることなく続く。
サウンドも絶品だ。新技術で実現した等間隔爆発と、エキマニとテールパイプの圧力波を増幅して実現した「フェラーリ・ミュージック」が耳に届く。ホットチューブシステムにより直接コクピットに取り込まれるので、乗員は魅惑のサウンドをより深く楽しむことができる。
ハイブリッドモードで走ると、エンジンが走行状況に応じて稼働したり止まったりする。不自然な印象はまったくない。インテリジェントなスーパースポーツらしさを実感させる要素となっている。
GTBとGTSの車両重量差は70kg。スポーツカーにとって70kgは無視できない重さだ。だが2.9秒の0→100km/h加速の公称値は同一。加速性能の違いは体感できない。とはいえ試乗車の296GTSには走り志向のアセットフィオラノパッケージが装着されており、足回りやシートがGTBとは違っていた。そのため両車のドライブフィールは明確に異なっていた。
標準仕様の296GTBはしなかやかつフラットで乗りやすい。フェラーリなのにまったく身構える必要がない。スーパースポーツとしてのパフォーマンスと特別感を存分に味わいながら、日常的に無理なく使える。快適性にも相当に配慮されていることがうかがえた。
一方、アセットフィオラノパッケージを装着したGTSは、非日常性が際立っていた。明確にシャープでダイレクトなハンドリングを、オープンエアの開放感とともに味わうことができる。
「スパイダーでハードな走り系?」と思うかもしれないが、実はそういう選択をするオーナーは少なくないそうだ。フェラーリが持つスポーツ性をピュアに深く味わいたいという思いに応えてくれるからだ。
GTBとGTSに共通していた点は、まさに地を這うようなコーナリング感覚。エアロダイナミクスやサスペンションはもちろん、実はこれにもエンジンがV6であることが少なからず効いている。
バンク角120度のV6ゆえコンパクトで軽く、低く搭載することが可能なのだ。そのため重心は低く、マスが集約され慣性が小さくなる。その結果、応答遅れのない優れた操縦性を実現しているのだ。
電動化、エンジン排気量、気筒数の減少は残念なことではない。スーパースポーツでも多くのメリットと新しい価値をもたらすことを、296シリーズは実感させてくれた。さすがはフェラーリの作品である。走るほどに敬意が募る2台だった。
モデル=296GTB
価格=8DCT 3939万円
全長×全幅×全高=4565×1958×1187mm
ホイールベース=2600mm
乾燥重量=1470kg
重量配分=フロント対リア40.5対59.5
エンジン=2992cc・V6DOHC24Vツインターボ
エンジン最高出力=663cv
システム最高出力=610kW(830cv)/8000rpm
システム最大トルク=740Nm/6250rpm
最大許容回転数=8500rpm
高電圧バッテリー容量=7.45kWh
サスペンション=前後ダブルウィッシュボーン
ブレーキ=前後ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ=フロント:245/35ZR20/リア:305/35ZR20
駆動方式=MR
乗車定員=2名
0→100km/h加速=2.9秒
0→200km/h加速=7.3秒
最高速度=330km/h
※価格を除き、スペックは欧州仕様