「道具の誘惑」、ジープ・ラングラーは、眺めているだけで気持ちが昂り、冒険に出かけたくなるクルマである。
現行ラングラーは2018年に国内販売がスタートした4代目のJL型。70年を超える歴史を持ち、オフローダーの代名詞のようなジープの中でも、伝統をストレートに継承した特別な1台である。ひと目で魅了するデザインや本物感は、数多いジープ・ラインアップの中でも別格だ。
試乗車は、先ごろの改良で復活したエントリーグレードのスポーツ。ラングラーは、最近の円安の影響をストレートに受け、価格は高騰中。JL型の発売時点では500万円台スタートの設定だったが、その後大幅に上昇、いまや900万円クラスに昇格してしまった。それでも内容を考えると納得のプライスという印象だが、いざ購入するとなると、手が届きづらくなったのは事実。今回復活のスポーツの価格は、799万円。頑張ればなんとかなりそうな注目株である。
現行型ラングラーのラインアップは、スポーツ/サハラ(839万円)/ルビコン(889万円)の3グレード構成。全車2リッター直4ターボ(272ps/400Nm)を搭載し、駆動方式はもちろんハードコアの4WD。12.3インチの新世代のインフォテインメント機能を導入するなど、装備は一段と進化している。
ところで道具とは、人間の可能性を広げるために工夫された手であり、足である。その真価は人間のライフシーンにいかに寄り添っているかどうかで評価することができる。いくらスペック的に優れた道具であっても、生活をプラスに転換する力がなければ、残念ながら優れた道具とはいえない。それはプリミティブなナイフでも、スマホやパソコン、クルマなどの複雑な道具であっても同じである。
生活をプラスに転換するかどうかは、それを使いこなすユーザーのスタンスしだい。とはいえ、その道具自体に、ユーザーの意欲をかきたて、あるいは潜在能力に働きかけるプラスαの力があるか否かが、大切な要因ではないだろうか。人間は、あるきっかけでライフスタイルが広がる。そのきっかけが道具との出会いであるケースは多い。ジープ・ラングラーは、素晴らしい新たなライフシーンへの転換を「誘惑」する道具の代表である。
久しぶりにラングラーに触れ、その思いを新たにした。実に魅力的である。ボディは大柄で、スリーサイズは4870×1895×1840mm。取り回しにはそれなりに気を遣うし、いまどきの至れり尽くせりのSUVほど快適ではない。ジープの代表車らしく、その悪路走破性は圧巻。とはいえ個人的にはタフな全地球対応のパフォーマンスなど、使いこなす自信も機会もない。それでも「乗りたい!」と無条件で思わせる強力なパワーがラングラーにはある。その強い存在感と主張は、まさにヒーロー級だ。
パフォーマンスはなかなか優秀。この体躯に2リッターターボと聞いて非力を心配する向きもあるだろう。それはまったくの杞憂だ。実際の走りは従来の3.6リッター・V6(284ps/347Nm)以上にパワフルでスムーズである。ターボだから本格的にパワー/トルクが湧き上がるまでに若干のタイムラグはあるが、通常走行時はまるで気にならない。しかも燃料はアメリカ車のよき伝統でレギュラー指定。今回の試乗ではWLTCモード(9.8km/リッター)と、ほぼ同等の燃費をマークした、絶対的にはそれほど良好とはいえないが、それでも気軽に出かけようと思うレベルをキープしている。
魅力は独特のフットワークだ。伝統のラダーフレームと前後リジッド式サスペンションの組み合わせは、まるで路面を鷲掴みにするような感触を伝える。重い車重とオールテレインタイヤを武器に、着実に進むフィーリングはラングラーならでは。どんな路面だろうと踏み越えていけそうな安心感をドライバーに伝える。
路面状況に応じて4WD機構はさまざまに切り替えられる。そして走行モードを変更すると、走りが明確に変化する点もラングラーの個性だ。まさに超一級の道具である。その潜在能力を引き出すためには、クルマ任せにすることなく、ドライバーに一定の習熟を要求する点も素晴らしい。しかも快適性は優秀。乗り心地は決してハードではなく、走行中の騒音レベルも低め。高いアイポイントから周囲を見下ろすクルージング体験は格別だ。
サイドステップが未装備のスポーツの場合、乗降性に難があるが、体幹が鈍っていなければ大丈夫。ラングラーは自らの体力の衰えを防ぐトレーニング道具にもなる。
ラングラーは、まるでポルシェ911のように本物ならではの世界観を伝える。乗るほどに発見があり、人、そして地球との対話が楽しめる道具である。こんなクルマは他にない。人生は一度。より輝かせるのに最適な1台である。