フェアレディZは世界のスポーツカー史上に、大きくその名前をとどめるクルマだ。最大の理由は「スポーツカーを大衆のものにした」というところにある。ここでいう「大衆のもの」とは、単に安価で経済性が高い、という意味ではない。それだけならブリティッシュライトウェイトスポーツだって、そうだった。MGミジェット、ヒーレー・スプライト、トライアンフ・スピットファイア……みんな安価に、気軽に、スポーツカードライビングの楽しみを提供してくれた。
だがブリティッシュライトウェイトスポーツは、時代の流れに沿って成長することができなかった。MGBやトライアンフTR4にしても同じである。新しい時代は、スポーツカーにさえ優れた快適性、メンテナンスフリー性、運転のしやすさ、といった要求を突きつけた。
そうした要求は、スポーツカーの最大の市場であるアメリカで、とりわけ顕著に盛り上がってきた。豊かなアメリカでは、家庭でもオフィスでも、エアコンの利いた快適な環境がいち早く整っていた。クルマも1960年代にはすでに、誰もがリラックスして走らせられるよう、エアコン、パワーステアリング、ATが常識になった。スポーツカーに対しても、同様の要求が出て当然だ。しかし、スポーツカーの死命を制するアメリカ市場の流れを、敏感に感じ取り素早く対応したのは日本だけだった。その先頭に立ったのが、1969年に登場したフェアレディZなのだ。
フェアレディZは量産車のパーツを多用し、コスト低減に最大限の努力を注いだ。しかも性能的には中堅スポーツカーとしての地位を十分に得られるレベルを確保していた。スタイルもとても魅力的だった。そのうえ、快適性に優れ、メンテナンス面でも一般乗用車レベルを達成していた。運転のしやすさという点でも、それまでのスポーツカーの概念をガラリと変える、イージーな特性を提供した。
それでいてプライスタグは非常に軽かった。1972年当時のアメリカでのプライスリストをひっくり返してみると、240Zの4045ドルに対して、ポルシェ911Sは9495ドル、コルベットは5393ドルもしている。
これで人気の出ないはずはない。240Zはまるで大衆車のように売れ、一気に「Z-CARブーム」を巻き起こした。なにしろ、1カ月に5000〜7000台ものスポーツカーがコンスタントに売れるという事態は、まさに驚異だった。フェアレディZはスポーツカーを、特別な人たちのクルマから、誰もが手にすることができるクルマへと変えてしまったのである。
後にポルシェが送り出した924/944系のコンセプトも、そのルーツは実にフェアレディZにあった。ところが、アメリカ市場での大きな成功は、コンフォート(快適性)面を年々肥大化させ、スポーツ性を退化させる結果にもつながった。
年を重ねるごとにフェアレディZは「高性能2ドアサルーン」といった性格のクルマに変質していく。
Z32型のフェアレディZには、そうした点への反省が明らかに見てとれる。あらためてスポーツカーならではの高密度な走り、ドライビングの楽しさを追求する明快な姿勢が、Zのあちこちから伝わってくる。それも、コンフォートとのトレードオフなしに、である。
新型フェアレディZの開発は「ポルシェ944ターボの走りの性能と、928のコンフォートを併せ持ったクルマ」をイメージして取り組んだという。
確かに2.5リッターターボ(250ps)を積む944ターボは、世界のFR車の頂点に立つ走りの性能を備えている。とりわけシャシー性能で群を抜く存在といっていい。ボディ剛性は高く、理想的な前後重量配分であり、ホイールストロークをたっぷりとっている。ブレーキも強力そのものだ。
荒れた路面上をフルスロットルでコーナリングするとか、強いうねりを高速でパスするとか、フルブレーキングするいった、そんな激しいシチュエーションになると、944ターボは待ってましたとばかりに真価を発揮する。ステアリングから、ペダルから、シートから、音から……あらゆるところからドライバーに正確な情報を伝え、さらにその情報に基づくコントロールに素早く、素直に追従してくれる。944ターボのシャシー性能は、すべてのFR車のサンプルになる、といっていい。
一方の928S4は、320psのV8ツインカム32Vを積む。この大型スポーツカーは、スタビリティと快適性の高さでスバ抜けている。アウトバーンを200km/hオーバーのスピードでクルージングするとか、ミュンヘン〜フランクフルト間を飛行機より速く移動するといったシチュエーションになると、928S4は真価を発揮しはじめる。
200km/hのスピードは、ドライバーがリラックスできる範囲に十分入るし、前方が空いているときにアクセルをフルに踏み込めば、928S4のスピードメーターはあっけないほど簡単に250km/hのラインを超えていく。しかも、万全のスタビリティである。まるでへばりつくように4輪が路面をつかみ、凹凸をしなやかな足首とひざで吸収してしまう。
だから、ドライバーはステアリングに軽く手を添えておくだけでいい。前方に障害物が現れたら、ブレーキを深く踏み込むだけ。強力そのもののブレーキは、素晴らしい減速Gをキープしながら、1.6トンのウェイトが高速で移動するエネルギーを一気に空気中に放出する。
高速走行中に見せるこうした928S4の実力が、ドライバーをリラックスさせ、肉体的にも精神的にも、その負担を最小限に抑えてくれる。
ポルシェ911やフェラーリは、ステアリングを握るドライバーに素晴らしくエキサイティングな、そして熱い時間をもたらしてくれる。しかし、それは肌をダイレクトに刺激する性質のものであるため、長時間耐えることは難しい。911やフェラーリは、その意味でスプリント型のスポーツカーなのである。
928S4なら、ミュンヘンからジュネーブまで、あるいはパリまで一気に走り続けることができる。そのままシャワーを浴びるだけで、夜のパーティに出席する気になるほど、疲労は少なくて済む。
928S4の、すべてに大きな余裕がもたらす快適さと贅沢さは、まさに大人のスポーツカーと呼ぶにふさわしい。そんな性格の928S4は、高質なビジネスマンズ・エクスプレスとしても通用する。多彩なキャラクターの魅力を発揮するのだ。
944ターボと928S4を目標にしたという、新型フェアレディZの仕上がりはどうだろうか――。ボクは「かなり高得点を上げた」と考えている。
新世代の4輪マルチリンク式サスペンションとスーパーHICAS(電子制御4輪操舵システム)という強力な武器を手に入れた新型フェアレディZは、スタビリティという点では944ターボを凌いでいる。不整路面の追従性とか、ハードブレーキング時の挙動の安定性、超高速域でのステアリングを持つ手に伝わる安心感といった点をもスタビリティの要素に加えると、答えは少し違ってくるが、一般的にいわれるスタビリティ、つまり高速での安定性、といった点では明らかに944ターボを凌ぐ。そして、928S4のレベルまで限りなく近づこうとしている。中でも、超高速域の緊急回避的レーンチェンジでの高いスタビリティは、928S4をも超えたといっていい。
このあたりは、スーパーHICASのもたらす効果が明らかに大きい。同時に、新時代のマルチリンク式サスペンションとビスカス式LSD採用のプラス側面も見逃せない。もちろん、そういう効果を有機的に結びつけ、大きな成果を挙げた開発スタッフの努力も、である。
μの低い路面では、アンダーステアは強めに出る。この味付けはコーナリングでの安定性、あるいはウエット路面での安全性を考えると十分に納得がいく。これほどのハイパワー/高速車ながら、高いスタビリティ/安全性を実現した上で、実用域では軽快で、素直な身のこなしを楽しめるのだ。新型フェアレディZのハンドリングに対して、ボクは高い点をつけることを惜しまない。
フェレディZのターゲットのポルシェ(とくに944ターボ)は路面条件、走行条件が厳しくなるほどに実力の奥の深さを見せつける。フェアレディZが学ぶ点はまだ多い。しかし、過去に両車の間にあった厚い壁は、フェアレディZの歩みでかなり薄くなった。これまでは壁の向こうにあって見えなかった姿が、いまやハッキリと見え始めた……そんな印象をボクは強く抱いている。
好きになれないのは、ツインターボエンジン(280ps/39.6㎏m)だ。確かにパワーは出ているのはわかる。しかし、フィーリングがよくない。トップエンドは詰まりぎみで気持ちのいい伸び切り感がないし、音質的にも心を騒がせる類のものでははない。
ただし、NAエンジン(230ps/27.8㎏m)については合格点をつけていい。NAエンジンは2000〜3500rpmといった常用域でのピックアップ感がとてもいい。音質にしても、心躍るとまではいかないにしろ、不快感はまったくない。
スポーツカーは「感動を呼ぶクルマ」である。だから、エンジンのピックアップ特性や音質は大切な役割を占める。最高速度やゼロヨン加速を少々押し上げることより、ボクはむしろ、フィーリング面での高質さをスポーツカーには望みたい。
高性能で、快適で、美しく、さらにバリュー・フォア・マネーが高い。新型フェアレディZは、自らが生み出したスポーツカーのコンセプトを、1990年代にふさわしく極めて高い次元に押し上げた。これまでもフェアレディZはポルシェに脅威を与えてきたが、それはスポーツカーのマスマーケットゾーンにおける商売上の脅威だった。ポルシェは、技術的な絶対優位を信じて疑わなかったはずである。しかし。新型フェアレディZに対しては、そうもいかないだろう。
※CD誌1989年9月26日号掲載