964型は、911シリーズの第3世代。1988年秋にフルタイム4WDのカレラ4が先行デビュー。1989年にRRレイアウトのカレラ2が登場した。964型は全体的な印象こそマイナーチェンジだったが、中身は大幅に進化。空冷フラット6エンジンは3.6ℓ(250ps)に変更され、駆動方式は4WDとRRの2シリーズに分化。カレラ2にはATのイメージを革新した「ティプトロニック」を設定していた
自動車技術史の偉人、Dr.フェルディナンド・ポルシェが創業し、自分の名前を与えた小さなスポーツカー、356の誕生は、1948年の夏だった。オーストリアの小村、グミュントにあったポルシェ研究所で産声を上げ、一般公開は翌49年のジュネーブ・ショーである。そのとき名車ポルシェは、歴史の1ページ目を正式に開いた。
2年後の51年、ポルシェは1100クーペをル・マン24時間レースに送り込みクラス優勝を飾る。これがポルシェの名を公式に冠したクルマの初の勝利の記録だという。以後、ポルシェはレース界に不滅の輝きを放ち続けることになる。とくに耐久性/信頼性がキーポイントとなる、長距離レースの強さは頭抜けていた。しかも、勝利を握るのはワークスチームだけではないという点が素晴らしいのだ。
ポルシェの場合は、いつもワークスチームとプライベートチームが激しく競い合い、エキサイティングなデッドヒートを繰り返す。ポルシェを手に入れ、チーム体制を整えさえすれば、プライベートチームでも強力な戦いができるのである。こうした事実を見るだけでも、いかにポルシェの技術力が高いかがはっきりとわかる。
ポルシェは明確な独立性を確立しているメーカーである。なぜ独立を保っていられるのだろうか。ボクが一番に指摘したいのは、やはり「技術の勝利」という点だ。そのポルシェを「神話で生きながらえているメーカー」と評する人もいるが、とんでもない認識不足だ。
ポルシェの高度な技術力を証明するには、バイザッハの研究所に触れておかなければならない。ここには世界中のメーカーから研究開発の依頼がある。契約メーカー数は40社ほどという。つまり、世界中の自動車メーカーのほとんどが仕事を頼み、なんらかのかたちでバイザッハとつながりを持っていることになる。しかも、その売上額は、ポルシェ・ブランドのクルマを売って稼ぐ額より大きいのだ。
これはポルシェが独立性を保つための大きなポイントになる、とボクは考える。いずれにせよ、ポルシェは「神話を食い物にする」チャチなメーカーではない。レースで築き上げたイメージや栄光は過去の記録ではない。現在も日々そのイメージを塗り替え、神話がリアルタイムで進化し続けている。
ポルシェを語るうえで避けることができないのは、911シリーズについてである。911シリーズが、いい意味でも悪い意味でもポルシェを代表し、ポルシェのイメージの大半を背負っている。ここがポルシェの強さであり、アキレス腱でもある。だから、何はさておき911シリーズに力をつけ、つねにポルシェらしい実力を見せ続けることが必要不可欠なのだ。その点からも新しい911カレラ2とカレラ4に注目しないわけにはいかない。
カレラ2にしろカレラ4にしろ、新型は排気量をちょっと上げ、外観を少々手直しして、シンプルな4WDシステムを加えて……とそんな程度の変化としか思っていない人が意外に多い。口の悪い連中は、「いまさら化石に注射したって、大きく好転しないよ」とさえいう。
そう思う人は、カレラ2やカレラ4をごくうわべだけ見ている証拠だ。確かに姿かたちは少ししか変わっていなくても、カレラ2の中身はまったく別物だ。カレラ4は911の新たな可能性を強く示している。
新しいカレラは化石どころではない。最新のライバルと対比しても、実力は非常に高い。とくに動質の洗練度の高さといったら、まさに最高だ。3.6ℓのフラット6は、一点の曇りもない透明なサウンドを響かせ、非常にスムーズにレッドラインまで吹き上がる。シャープさと滑らかさが高度に調和するレスポンスで、アクセルを踏むことが、そのまま快感につながる。タイトで滑らかなドライブトレーンの仕上がりにも同じことがいえる。
ハーフカプセル化したエンジンは、キャビンの静粛性を大幅に引き上げている。911に良質なサウンドシステムを組み込むことは、いまやムダではなくなった。しかしどんな素敵なサウンドを聴くより、ポルシェサウンドに耳を傾けているのがいちばんエキサイティングだという事実に、依然変わりはないが……。
新しい911はエアコンディショナーを大幅に改良している。クラッチは渋滞をものともしないレベルまで、扱いやすく軽くなった。パワーアシストのついたステアリングで、女性ドライバーにも気楽に車庫入れを頼める状況になった。
こういうとポルシェ・ファンの一部から「ポルシェは堕落した」という声が出るに違いない。が、ボクは決してそうは思わない。誰もがラクに運転できる、ということはおおいに肯定すべきで、否定すべきことではない。これを堕落といわれたら、ポルシェだって立つ瀬がない。もし性能に奥行きがなく、フィーリングも官能的でなく、挑戦者が意欲を失うようなイージー化であれば、もちろんボクもポルシェは堕落したと声を大にする。
しかし、けっしてそうではない。カレラ2にしてもカレラ4にしても、性能を探れば探るほど奥が深い。エンジンもハンドリングもまさに官能的で、触れる人の心をたちまち虜にする魔力がある。ハンドリングは追い込むにつれて、少々の腕ではとても太刀打ちできない厳しさ、激しさ、熱さを、奥深いところに持ち続けているのである。
クラッチが軽くなった、ギアシフトがしやすくなった、ステアリングが軽くなった、エンジンが扱いやすい、といったことは当然の改良だ。これを堕落だ、退屈だというなら、そんな人は2ℓエンジン時代の911Sにでも乗ればいいのだ。またカレラ2/4の実力を、自分が本当に使い切ってから「退屈だ」といっているのかどうかを、もう一度振り返り確認してみてほしい。多くの場合、実力の8割も引き出してはいないはずだ。
ボクは911はおおいなる進化を果たし、さらなる洗練を身につけたと考える。いい意味でより多くの911ファンを生み出すはずだ。同時に、このクルマの奥深く燃えたぎる炎は、911の本質を知り心酔するファンの心をがっちり掴み、離さないと思う。
フェアレディZ(Z32型)は確かに大きく飛躍し、性能もルックスも、多数のスポーツカー・ファンの心を捉えている。ポルシェにとって容易ならざる強敵に育ったのは間違いない。現に4気筒シリーズのポルシェは、フェアレディZのモデルチェンジにダメージを受けている。
しかし911シリーズは、価格的にははるかに不利な立場なのに、競争力を失ってはいない。まして新しいカレラ2/4の人気は世界中で高い。ポルシェは当分、オーダーの山と格闘することになる。
中でも新しいATシステム「ティプトロニック」を組み込んだカレラ2は、いま発注しても手元に届くのは1年以上も先になるという。ティプトロニック仕様のカレラ2の走りは、文句なしに◎をつけたい。
イージーで、楽しくて、快適で、刺激的で、速くて、洗練されていて、実用的で……とにかく、これほど多くの褒め言葉を一度に積み重ねられるクルマを、ボクは他に知らない。
確かにフェアレディZを2台買える価格かもしれない。が、はるかに高いエクスクルーシブ度から考えると、そして多くの点での洗練度の高さから見て、それほどアンリーズナブルな価格には思えない。繰り返すようだが、スポーツカーとしてのテイストと洗練度は、残念だが日本のスポーツカーはまだ遠く及ばない。最高速度とか、加速データ、パワースペックでは勝てても、より高次元な要素ではかなわない。つまり人間を感動させ、エキサイトさせ、心地よくさせ、誇らしくするといった面で、日本のスポーツカーがポルシェに追いつくには、遠い道のりを歩く必要がある。
スペック上ではなく、本質的な部分でのスポーツカーとしてのアドバンテージは、しっかり握り続けているポルシェだ。しかし、スカイラインGT-Rといった強力なライバルの登場を考えると、やはり現状で足踏みしているわけにはいかない。あの911ターボが、ニュルブルクリンク北コースのラップタイムでGT-Rの後塵を拝したのだ。ポルシェとしてはこれを無視すべきではない。
ポルシェ神話を維持するためには日本の挑戦を、敢然と受けて立つ必要がある。たぶん、もうその青図は引いていると思う。一日も早く「さすがポルシェ」と世界中のファンが唸り、大きな拍手を贈るような行動を起こしてほしい。そのクルマはきっと、カレラ4ベースの4WDスーパーモデルになると思う。早く勇姿を見たいものである。
959はあまりに高価すぎたし、信頼性に欠けるところもある。だが高速でのスタビリティ、とくに200km/hオーバーの高G旋回でのスタビリティの高さと、コントロール性は信じ難いものがある。それらの性能は、間違いなく911ターボの後継スーパーモデルが受け継ぐはずだ。長い間のレース活動を通じて積み上げてきたポルシェのノウハウは、絶対に馬鹿にできない。プライベートチームのマシンにワークスチームを脅かす実力を与えているポルシェというメーカーの底力は、いつか必ず爆発する。
問題は、それまでに要する時間だ。あまり長いと、世の中の流れが待ってくれない。ファンも痺れを切らしてしまう。だが91年からWSPC(世界スポーツプロトタイプカー選手権)かF1に復帰する計画が発表になった。生産車も「よりハイグレードなリアル・ポルシェ」の開発を行うと宣言したのだ。今後は、われわれの期待に沿う動きを早めるはずである。希望は叶いそうだし。おおいに期待したい。
思いつくままにポルシェについて語ってきた。最後にひとついっておきたい。それは「ポルシェはけっして死なないだろう」ということである。最近のポルシェの業績停滞は、確かに目につく。それでもポルシェはきっと立ち直るに違いない。以前のように、きらめく魅力的な存在に復帰できるパワーを持っている。
ポルシェの技術力は、そう簡単に尻尾を巻くような、軟弱なものではない。リアル・ポルシェだけを作ることに徹底すれば、世界中のポルシェ・ファンはけっしてポルシェから離れはしない。最新のリアル・ポルシェのカレラ2、カレラ4、そしてティプトロニックに乗って、ボクはそう強く感じた。
※CD誌1990年1月10日号掲載