インフィニティQ45は、「JAPANオリジナル」を標榜した高級サルーン。カタログでは「日本人の洗練された美意識に、世界で最も新しいテクノロジーを融和させることにその思想を求める車です」という当時の社長、久米豊氏のメッセージを掲載。成功作とはならなかったが、その高い志さ、卓越した技術力は、バルブ期の日本を象徴していた
インフィニティQ45は、とてもオリジナリティの強い姿をしている。それだけに癖もあり、反発を招くケースも多いはずだ。だがボクは拍手で迎えたい。
最大の理由は、メルセデス・ベンツやBMWなどに似ていないからである。定評ある世界の高級車とは明らかに違う価値観を主張している。
ボクがインフィニティQ45のルックスで気に入った点は“強さがある”ことだ。日本車には美しい姿のクルマはあっても、強い姿をしたクルマが少なかった。アッパークラスのサルーンには、とくにそんな傾向がある。
インフィニティQ45は違う。このクルマはどこにいても、どんなクルマと並んでも、自己をはっきり主張して後に引かない。箱根の試乗会で、ある雑誌がメルセデスSクラス、BMW7シリーズ、ジャガー、セルシオのライバル車を持ち込み、インフィニティQ45と並べている現場に出会った。そこでのインフィニティQ45は強い個性を放っていた。
インフィニティQ45は、欧米の作り上げた高級車の伝統的価値観に引きずられることなく、リスクを承知で新しい価値観に挑戦した。そして、その成果を十分に引き出していると思う。
インフィニティQ45のノーズにはグリルの代わりに、大きなオーナメントが光っている。“唐草模様”的なこのオーナメントは、初めて見る人の多くに拒絶に近い反応を引き起こすようだ。アメリカ人やヨーロッパ人も同じである。かくいうボクも、拒絶反応組のひとりだった。ところが、何度か見ているうちに、少しずつネガティブな印象が薄れていった。アメリカでの印象度調査でも、デトロイトでの初デビュー時の拒否パーセンテージは高く、60%以上の比率でノーという人が多かったと聞いた。が、10カ月後の現在、その印象は逆転しているそうである。
サイドウィンドウモールは継ぎ目なしのアルミ製。実に美しい。透明度が高く硬質なその光は、遠目にもクルマの高級感を強くアピールする。個性的なグリーンハウスのたたずまいを、くっきりと強調し他との差別感を鮮明にする。インフィニティQ45のルックスの強さの秘密のひとつはここにある。
ドアハンドルの特徴のある楕円形デザインも、好き嫌いが分かれそうだ。が、アルミダイキャスト製ハンドルの質感は高い。指が触れたときのタッチのよさもベストだ、プラスチック製のドアハンドルに比べると、100円ライターと高級ライターほどの違いがある。
インテリアにウッドパネルをまったく使っていないところも、ボクは気に入った。これも、既存の高級車の文法への反発だし、“JAPANオリジナル”の旗印のもとの挑戦である。このところ、大衆車クラスまで、本物かそうでないかを問わずウッドパネルの使用に染まってきた。そんな流れの中でインフィニティQ45の、モダンデザインで高級感にアプローチした手法は新鮮である。
ところでインフィニティQ45のインテリアを見ると、ドライバーズカーであることがすぐわかる。同時に、“高性能車のドライバーを包み込むための空間構成”に意を注いだということを理解した。高級車には快適なくつろぎの空間が必要だとは誰もがいうが、最高速が250㎞/hに達する高性能となると単純なくつろぎ感の演出だけでは足りない。ドライバーに適度な緊張感と、自信を与えることも必要だ。それには、ややタイトな感じの空間構成がいい。これはボクが以前から考えてきたことだ。
インフィニティQ45のドライバーを包むのが、まさにそれだ。余裕たっぷりの空間を、デザイン手法によって巧みにタイト感を演出しているのである。このクルマは、大型車としては異例に振り回しやすい。むろんシャシー性能の優秀さが第一の要因だが、ドライバーがクルマと一体感を感じるタイト感を演出したことの効果も大きい。そして、これもまた“JAPANオリジナル”を追う心が生んだ、と思いたい。
エンジンは4.5リッターのV8だ。各気筒4個の32バルブを持つDOHCの自然吸気エンジンである。最高出力は280㎰/6000rpm、最大トルクが40.8㎏m/4000rpmだ。分厚いトルクを広範囲で発生する能力は素晴らしい。
とても静かなエンジンである。アイドリング状態ではほとんど音が聞こえない。かすかな振動にエンジンの回転を知るだけだ。ATは4速で通常は2速発進になる。強大なトルクの効果で、それでも十分に力強いスタートが味わえる。V8の威力は、やはり大したものだ。キックダウン域までアクセルを踏み込めば、一瞬の間をおいてギアは1速にシフトダウン。豪快な加速を始める。だが1速を使う機会はほとんどないだろう。
0→100㎞/h加速は、メーカー計測値で7秒を切るという。メルセデスの500SELより0.5秒以上速い。最高速度も250㎞/h以上の実力だ。つまりインフィニティQ45の性能はラグジュアリーカークラスで文句なしの超一級品である。日本ではフルに性能を味わうことは当然できないが、余裕の大きさは贅沢感に結びつく。ハイウェイ100㎞/hの巡航状態では、エンジンは2000rpm弱でゆるゆる回るだけ。まったく大きなゆとりなのだ。
乗り心地はコンベンショナルなサスペンションのモデルも、アクティブサスペンションのモデルも低速域は少し悪い。低速時の固さの点ではアクティブサス仕様のほうが不利なようだが、路面変化に対するバネ上の動きの変化幅は少ない。だから一般良路の乗り心地は、むしろよく感じるケースが多い。不利に感じるのは、主としてハーシュネス系のショックである。
それにしてもアクティブサスの乗り心地は、低速域を除いて実に素晴らしい。ほとんどの凹凸を平滑化してしまい、嘘のようにフラットな乗り心地が味わえる。連続するうねりをパスしても、よほどひどく、かつ非日常的なスピードを出さない限り、まるで魔法のようにフラット化してしまう。ハードにブレーキングしようと加速しようと、アクティブサスは車体姿勢を崩さず、しかも不自然さを感じさせない。コーナリングでも同じだ。
アクティブサスは“夢のサスペンション”といわれてきた。現実にその世界初の市販モデルに乗ってみて、確かにそうだ、とボクはうなずいた。
現在のアクティブサスは3㎰のパワーロスと、60㎏のウェイト増になる。そのマイナスを考え合わせても、高級車のサスとして魅力は大きい。長年の夢だったこのサスの、世界初の市販化に成功した日産の技術と努力にボクは拍手を贈る。これが起爆剤になって、世界の高性能車のサスが新たなステップに入る時期が早まるのを望んでいる。
これまで“ハイテク”と称する日本の技術は未熟なものが多く、“ギミック”と欧米に皮肉られてもやむを得ない実情があった。だが、状況は変わった。アクティブサスにしても、スーパーHICAS(4WS、北米仕様車にも設定)にしても、完全に実力と魅力を備えた本物のハイテクに育っている。もう誰も“ギミック”と後ろ指をさすことはできない。
そう、メカニズムでも“JAPANオリジナル”を標榜するにふさわしい高度な新技術を、インフィニティQ45は身につけているのである。
ステアリングを握ると、まず微舵領域の正確性と滑らかさに感心する。これは文句なしに世界の一級品といっていい。いままでの日本車の弱い部分だが、その弱点を見事に払拭している。
ステアリングの微舵領域の扱いやすさは、とくにハイウェイ走行などでありがたい。また夜間視力の弱いドライバー(40歳以上の夜間視力はかなり落ちる)にとっても、とてもうれしいものだ。無駄な動きをぐっと減らすアクティブサスと、微舵領域で正確なパワーステアリングの組み合わせは、各種シチュエーションでドライバーを助け、走りを楽なものにしてくれる。
1.8tクラスのクルマとは、とても思えないほどの身軽さでワインディングロードをこなすインフィニティQ45だ。その身のこなしは、スポーティサルーンを名乗る資格が十二分にある。
ただし、エンジンが重いせいか、バランス的には明らかに前輪荷重が大きいという感じがする。タイトターンでは定常的にアンダーステアが強く出がちな傾向がある。フィナルステアにも、いまひとつスムーズさがほしい。しかし、こうしたクルマの特徴を頭において走りさえすれば、インフィニティQ45は本当によく走る。ずっとウェイトの軽いクルマのように走る。
高速のスタビリティは、このクラスのクルマとしては世界一といっていい。ワインディングロードよし、ハイウェイもよし……とにかくインフィニティQ45の、走りのトータルな実力は高い。とくに、アクティブサスを組み込んだモデルは、いろいろな点で従来の基準を書き換えた。その先にある未来のクルマの走りのビジョンを、予想させてくれる。
若者ではないが年齢はそう高くない、まだまだエネルギーがあふれている人たちが、インフィニティQ45に目を向けるとしたら、多少コンフォートの面は物足りなくても、この走りに惹きつけられるとボクは思う。この考え方は、アメリカのマーケットでも通用するに違いない。
インフィニティQ45はラグジュアリークラスの新たな流れを創るかもしれない……ボクはそんな気がしてならない。“JAPANオリジナル”の精神は、ハードウェア上の創造だけでなく、新たなユーザー層をラグジュアリークラスに生み出すところまで、広がり発展するのではないか。ぜひそうあってほしい。既存の価値を利用し、食いつぶすのではなく。新しい価値を提唱し、価値観の創造に挑む。そして新たなユーザー層を開拓するのは、素晴らしいことである。
デビューしたばかりのインフィニティQ45には、まだ未熟なところ、荒い部分、今後に残る課題が存在する。だが、それらの問題点を差し引いても、ラグジュアリーカーの世界に新たな価値基準を問いかけたクルマとして、大いなる成果を生んでいる。
※CD誌1989年12月26日号
モデル=1989年式/インフィニティQ45(セレクションパッケージ装着車)
新車時価格=4AT 630万円
全長×全幅×全高=5090×1825×1425mm
ホイールベース=2880mm
車重=1830㎏
エンジン=4494cc・V8DOHC32V(VH45DE)
最高出力=280ps/6000rpm
最大トルク=40.8kgm/4000rpm
サスペンション=前後マルチリンク(油圧アクティブサス)
ブレーキ=前ベンチレーテッドディスク/後ディスク
タイヤ&ホイール=215/65R15+アルミ
駆動方式=FR
乗車定員=5名
最小回転半径=5.8m