フェラーリ・ドーディチ・チリンドリ・スパイダー/価格:8DCT 6241万円。ドーディチ・チリンドリはイタリア語で12気筒を意味し、ブランドの核心を占めるモデル。1946年に新型V12エンジンの開発に成功し、翌47年にエンツォ・フェラーリが設立した「跳ね馬」を象徴する存在である
ドーディチ・チリンドリ。イタリア語で「12気筒」。あまりにも直球勝負の名前に度肝を抜かれたのは2024年春のこと。ベルリネッタ(クーペ)とスパイダーが同時に発表され、秋にはクーペの国際試乗会が開かれた。そろそろクーペのデリバリーが始まろうとしている最中、今度はオープンモデルの生産もスタートするということで、スパイダーの試乗会が開催された。
2シーターFRのドーディチ・チリンドリは、最良のGTであり最良のスポーツカーである。マラネッロのロードカーラインアップにおいて、そのポジションはズバリ、「核心」。つまりブランドのステートメントモデルだ。最もフェラーリらしいフェラーリと表現できる。
当然だ。そもそもフェラーリは、1946年にまずは新たなV12エンジン(ジョアッキーノ・コロンボ作)の開発に成功したエンツォ・フェラーリによって1947年にマラネッロで設立された。以来しばらくはV12エンジンのFRレーシングカーやロードカーのみを作り続けていたのだから。
フロントミッドには812コンペティツィオーネ用のF140HB型をさらに改良した発展版のF140HD型V12DOHC48Vが積ま れ、トランスアクスル方式の8速DCTを組み合わせる。65度のVバンク角と6.5リッターの排気量、そして最高出力830cvという数値はそのままに、最高回転数は9250rpmから9500rpmにまで引き上げられた。最大トルクこそ少し落として678Nmだが、低回転域でのトルク特性をチューニング。アスピレーテッド・トルク・シェイピング(ATS)という秘密兵器も相まって、落としたトルク数値など気にならないことはすでにベルリネッタの試乗で確認している。
スパイダー製作にあたって、オープン化や補強(Bピラーとロールバーの間にアルミニウムの連結材を挿入など)といったボディ構造の変更以外にマラネッロの開発陣が手をつけた部分は少なかったという。シャシーセッティングもスムーズに決まった。すでにこのプラットフォーム世代となって3モデル目(F12、812、ドーディチ・チリンドリ)である。いずれもクーペとスパイダーのセットだったから、2021年に始まったドーディチ・チリンドリの開発および設計に反映される知見が大いに存在したということだろう。ちなみに重量増を抑えることは最重要課題だった。スパイダーはクーペ比で+60㎏、先代に当たる812GTSからは+35㎏という数値に収まった。
国際試乗会はリスボン郊外のオーシャンリゾートで開催された。試乗車はヴェルデ・トスカーナという落ち着いたグリーンにテッラ・アンティカというブラウンのレザーインテリアを組み合わせたスペシャルな1台。その日は朝から雲ひとつない快晴で、やや肌寒かったがオープンエアを楽しむには絶好の気候と ロケーションである。乗り込んでV12エンジンに火を入れ、ためらうことなくルーフを開けた。
青空が見えるまでおよそ14秒。ちなみに走行中でも時速45km/h以下であれば開閉可能だ。クローズド状態ではおとなしく聞こえていたV12ノートは、ルーフを開けるとはっきりとした輪郭をもって耳に届くようになる。サウンド好きには他にもお勧めの乗り方がある。いわゆるカリフォルニアモードだ。ルーフクローズドのままリアの垂直ガラスをおろして、エグゾーストサウンドを直接聴くという乗り方である。今回も個人的にはこの乗り方が最も気に入った。自分で買うのであればオープンにする機会は滅多になくとも、カリフォルニアモード(本来は風通し向上)にできるからスパイダーを選ぶ。
オープンにしても車体剛性に変化はない。多少路面の荒れた道を抜けても足回りは自分の仕事をしっかりと遂行し、ドライバーを不安にさせない。乗り心地はクーペと同等、もしくは少しいい感じにも思われた。よく動く前輪と存在感のある後輪のおかげで低速域からマシンとの一体感が存分に味わえる。
ルゥルルルルルゥ〜と心地よいサウンドを浴びながら、海岸線を走った。前夜は風が強かったのだろう。路面にはところどころ大量の砂が積もっており、通り過ぎるたびに車体が滑る。だが、ドライバーが自然と反応し、それを車体側が上手に補助して姿勢を正すという見事なシャシー制御を図らずも低速域で体感することができた。FRらしく思う存分に滑らせても楽しいマシンであることは、クーペをテストコースで試したときに経験済みだ。
ワインディングロードを駆けた。レースモードでは相変わらず後輪の動きに多少違和感があったが、慣れるとそれを武器にタイトコーナーでも見事に、しかも速く駆け抜けることができる。加速フィールは素晴らしい。エンジンは9000rpmまで一気に駆け上がる。そのスムーズさには驚嘆する他ない。あまりに滑らかすぎて、エンジンらしくないと思ってしまうほどだ。
個人的に最も気に入ったのは制動フィールだった。よく利くだけでなくブレーキコントロールに快感を覚えた。ブレーキを踏むことが楽しくなれば、アクセルを踏むことはもっと楽しくなる。さすがはイタリアのピュアスポーツブランドが作るメインストリームモデルだ。ドライバーのすべてを理解している。