【時代の証言_日本車黄金時代】「クーペ・ダイナミズム」を標榜した上質スペシャルティ「1990年MAZDAユーノス・コスモ」の本質

第4世代となるユーノス・コスモは1990年3月に発表。世界有数の美しいスタイリングを持つロータリー・スペシャルティへと進化した。2ドアクーペボディに搭載するのは、3ローターの新開発20B-REW型(280㎰/41.0㎏m)と、伝統の13B-REW型(230㎰/30.0㎏m)の2種。ともにシーケンシャルツインターボを組み合わせ圧倒的なパワーを発揮した。中でも3ローターは「V12に匹敵する滑らかさ」と高い評価を得る。両エンジンともエレガントなタイプEと、スポーティなタイプSが設定され、タイプEは贅沢な本革内装も話題だった

第4世代となるユーノス・コスモは1990年3月に発表。世界有数の美しいスタイリングを持つロータリー・スペシャルティへと進化した。2ドアクーペボディに搭載するのは、3ローターの新開発20B-REW型(280㎰/41.0㎏m)と、伝統の13B-REW型(230㎰/30.0㎏m)の2種。ともにシーケンシャルツインターボを組み合わせ圧倒的なパワーを発揮した。中でも3ローターは「V12に匹敵する滑らかさ」と高い評価を得る。両エンジンともエレガントなタイプEと、スポーティなタイプSが設定され、タイプEは贅沢な本革内装も話題だった

心の安らぎを感じさせるクルマは美しい

 スコットランドの首都、エジンバラから1時間ほど走ったところにあるシャトーホテルの前庭で、ユーノス・コスモはボクを待っていた。広大な庭園があり、敷地内にサーモン・フィッシングで世界的に有名な“Tay川”が流れる中に、わずか22部屋しかないホテルは、まさにスコットランドの旅情を満喫させてくれた。

 その豊かな自然をバックに、濃紺と赤のコスモが1台ずつ置いてあった。ボクは掛け値なしに「きれいだ」と思った。まぶしいばかりの緑の効果もあっただろう、とにかくコスモはとても美しく、魅力的に映った。日本で見るコスモはちょっと派手すぎると感じたが、そんな印象は消えてしまった。伸びやかさと美しさだけが印象に残った。ネオクラシックな香りのその姿は、スコットランドの古いシャトーを模したホテルを背景によく映えた。ふとした拍子に、英国生まれのクルマに思えたほどだった。

 スコットランドの人々の反応も素晴らしかった。街や、観光地、ホテルでコスモは人々の視線を浴び続けた。彼らの多くが「ビューティフル」とコスモの印象を表現した。無機質なイメージのクルマが増える中。曲線と曲面が微妙なヒダを見え隠れさせながらうねるコスモは、とてもセクシーで、魅力的にも映るのだろう。

 東京あたりの、雑然とした背景の前では、コスモのそんな部分が少しねじ曲げられ派手さやエグさといった印象に結びつくのかもしれない。ところが、美しく、優しく、しかも強いスコットランドの風景の前では、コスモは本当にきれいだ。それも生き生きした印象で目に飛び込んでくる。

 コスモのスタイリングの、日本とスコットランドでの印象の違いは、ボクの予想を超えていた。スコットランドの風光をコスモと一緒に持って帰れるなら、ぜひそうしたいと真面目に考えた。

サイドビュー

 コスモのようなラグジュアリー・スペシャルティには、何はさておいても魅力的な姿が要求される、それは同時に、セクシーとか、華やかとか、気品とか、有機的かつ独特の香りをたっぷり放つものであることが求められる。

 しかし、世の中の流れは高い効率や優れた機能を追っている。ラグジュアリー・スペシャルティが目指す部分は、どうしても脇のほうへ押しやられがちだ。

 コンピュータ時代育ちの若い人たちと、それ以前の世代とでは、人間的な感性の部分に対する欲求や、感じ方は異なる。しかし、それでも根っこの部分までたぐり寄せると、大きな違いはないのではないか、とボクは思っている。

 つまり、人間は生きものであり、動物である以上は、時代がどう変化しても、“気持ちのいいもの、美しいと感じるもの、刺激を受けるもの……”などの本質は、そう大きな変化は起きない、とボクは考えるのだ。最近、若い人たちが古いものをもてはやすのも単なるブームではない。それは、無機質な方向に流れていく世の中の風潮に対する抵抗であり、心の安らぎを求めている証の気がする。

 考えてみてほしい。もしSF映画のような家々や、家具類、ファッションやクルマばかりが街を埋め尽くしたとしたら、ボクたちはどう思うだろうか。もちろん、時間は決して止まることはなく、世界の変化も止まることはない。効率を求め、機能を追うことは、必然であって避けては通れない。しかしその中でも、できるだけ安らぎや、暖かさ、心地いい刺激を受けたいという願いも、また強くなっていくことは確かである。

室内

 未来のクルマは一方では無機質な印象の、優れた効率を追求したクルマに発展する。その半面、可能な限り有機的であり、人間的なクルマもまた求められる、というのがボクの持論である。とくにスタイリングにおいては、そんな方向性の違いが鮮明になる。クルマのキャラクターによって、はっきり個性が分かれるのではないだろうか。

 コスモのようなラグジュアリー・スペシャルティは、当然ながら後者の方向へと向かう。少々の無駄があろうと、美しさや、刺激性や、品位の高さなどが大きなプライオリティを発揮する。

 具体例をあげると、ジャガーXJ-S的な高貴な薫りを放つクルマが、高級スペシャルティカーのカテゴリーで不滅の道を歩む、ということだ、もちろん未来のクルマは、現在のXJ-Sの単純な延長線上に構築されるものではない。

 ボクが指摘しているのは、あくまでも“薫り”、あるいは“品位”といった部分である。クルマの中身ともいえる機能やテクノロジーは、やはり時代に添う実力を備える必要がある。そういったボクの考え方に立ち、コスモを眺め、走らせてみた。すると、コスモの背後に未来のラグジュアリー・スペシャルティの姿が、明確な輪郭で浮かんでくる気がした。近未来の透視図を描くと――。

社会環境が激変しない限り、世界はコスモの方向へ進む

 すでに環境、資源、安全問題は現実世界の緊急課題である。クルマの世界にも、今後、より厳しく波及してくるのは間違いない。またそれに逆らうことなどできない。

 となると、クルマの進む方向は好むと好まざるとにかかわらず、最小資源で効率のいいビジネスライクで無機質な方向に向かわざるを得ない。いくら贅沢を売り物にするクルマでも、社会のニーズに適応していかなければならない、しかし、それでも、美しさとか心地よさといった、人間の本能に訴える部分は残していける(言い換えれば、演出できる)はずである。人間の本質にかかわる部分の完成度が、ラグジュアリー・スペシャルティの将来を大きく左右することになるのだ。

 そのために効率は若干低くなっても、少々機能が低下しても、常識的な範囲ならきっと許容される。それすら許されない世の中なら、もはやクルマはただの冷たい道具になり下がる。心ひかれてクルマを見る人は誰もいなくなるだろう。クルマなんて経済性と安全性を満たせばいい、という味けない世界が訪れる。

リアスタイル

 ところが、現在のラグジュアリー・スペシャルティは、ファンクショナルとエモーショナルの視点で分類すれば、明らかに後者寄りのクルマ作りになっている。それも、このところの高級志向の流れにより、どんどん加速している、日本だけではなく、欧米も共通のトレンドだ。

 BMWは5ℓ・V12を積んだ贅沢なクーペ、850iを送り出してきた。メルセデス・ベンツからは500SLが、ジャガーからはXJ-Sコンバーチブルが誕生した。キャデラックあたりもV12を搭載したモデルを、モーターショーで盛んにアピールしている。日本でも3ローターのコスモに続いて、近い将来デビューするはずのソアラやレパードなどは、強力なエンジンを積み、贅沢極まりない装備品で埋め尽くしていることだろう。

 しかし、そんな流れがいましばらくは続いたとしても、そう長くは続かないことは、誰もが予想できる。300㎰をひとりか2人のためだけに使うことが許される日々は、そういつまでも続かない。

 個人的には、300㎰なんていわずに400 psでも500㎰でも手に入れたい気持ちが強い。世界一の高性能車として歴史に大きな一頁を占めるようなクルマを、日本から送り出してほしいといった夢もある。世界の情勢が許してくれれば、そんなボクの夢を実現する力を、日本のメーカーはすでに持ち始めている。そう、日本のメーカーには資金力、技術力、さらに今後の技術の核になるエレクトロニクス産業の裾野の広さがある。可能性は無限大だ。世界一の高性能車作りをスポイルする要素は唯一、世の中の流れだけなのである。

 いずれにしても、近々メルセデス・ベンツが6ℓ・V12ユニットをラインアップに加えるはずだし、アウディもV10ターボといったエンジンを用意しているという。日本が先行する足回りのハイテク化についても、ヨーロッパの強豪たちは、基本性能の高さを武器に強力なバトルを挑んでくるに違いない。

走りimage

ロータリー

 こうした上昇志向のクルマたちは、世界の動向が許すなら当然実現する。そうなれば日本メーカーも、新たな決意で高性能化へ挑戦せざるを得ない。そんな競争のステージとして、いちばん相応しいのがラグジュアリー・スペシャルティであることは、まず確実だ。

 だが、たとえ高性能化そのものに挑戦できる状況が残ったとしても、やはり時代に寄り添う姿勢は必須だ。たとえばCAFE(アメリカの燃費規制)の問題にしろ、素通りするわけにはいかない。だから、制約の中でどれだけ巧みに高性能化していけるかが勝負になる。したがって、軽量化のための新素材採用や排気量の見直しなどにも当然踏み込まなければならない。 

 クルマは多気筒化するほど効率は低下する。将来的には、贅沢なクルマでも8気筒あたりが上限になるのではないか。それにMTと同レベルの機械効率を保つ高度な多段ATを組み合わせ、性能と燃費とコンフォートとドライビングプレジャーを、高次元で融合させるのだ。アクティブサスペンションにしても、このカテゴリーのクルマが採用するケースが多くなる気がする。

エンジン

 つまり、未来のクルマはファンクショナル面でとことん進化していく。ラグジュアリー・スペシャルティが、おそらく技術進化の最大の戦場になろう。しかも技術進化だけでなく、スタイリングとかフォルムとか、乗り味/走り味といった点での競争も一段と重要性を増す。有機的で、人間的で、美的である……といった要素がポイントになる。だから、エモーショナルな面で伝統と大きなノウハウを蓄えていれば、たとえ中小メーカーでも、生き残る道がある。

 とはいえ、その道は、たぶん大メーカーに付随したかたち、たとえば系列や傘下でということになってしまうだろう。いずれにしても未来のラグジュアリー・スペシャルティは、最高の機能を最高の人間性と芸術性のパッケージに包んだクルマになるのではないか――。コスモを走らせながら、ボクはそんな未来を感じた。
※CD誌/1990年8月26日号

諸元

カタログ

 

SNSでフォローする